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一周年といってもDeuilはちょうど3rdシングルのプロモーションの真っ最中だった。 その日が特別だという自覚はあったが、互いに真っ黒なスケジュールを知っていたので誰も何も言い出せずにいた。
バンド結成一周年記念日など、業界相手に仕事のキャンセルを申請する理由にはなり得ない。 それより今自分達がすべきはバンドの将来を見据えて売り込むことだ。 勝手はもう少しバンドが売れてから。それは判っていた。 ただリーダーは、その日、せめて夜くらい休みに出来なかったのかと己の迂濶さを呪いつつ、 生番組のリハーサルから戻った控え室で人知れず眉をひそめた。
「ユーリ、どうしたッスか?頭でも痛いんスか?」
「早かったな。あったのか?」
「はい、トマトジュース。」
世話焼き屋は休憩中の飲み物の買い出しをよくしていたから、 TV局の何処へ行けばリーダー御用達の、微妙にアンポピュラーなそのジュースが売っているのか、ごく初期の頃に覚えていた。
「ユーリちょっと疲れてるみたいッス…。トマトジュースってやっぱり血の代わりなんスか?」
「いや?単に好きなだけだが。」
ズココココ。ウ゛ァンパイアの誇る吸飲力でもってたちまちパックジュースのストローが、ウ゛ィジュアル系にあるまじき音をたてる。
「そうなの!?え、俺てっきり血の代わりになるんだと思ってたッス!! じ、じゃあそんな、ジュースなんかじゃなくて、ちゃんと飲んだ方が良くないッスか?」
俺の血を。
この純朴実直な狼男の青年は、こうしてちょくちょく自分の血液を差し出していた。 健康管理は自分の仕事のひとつであって、それはもう、自然なことだとでも言うように、いとも簡単に。 その簡単さが孕む危険信号を多少なりとも感じていたが、食欲と惚気も手伝って、ユーリは毎回お言葉に甘えていた。
「貧血気味のドラムスなどいらん。」
「だーいじょぶッスよ。ホラホラ遠慮するなんてらしくないッス!」
「……では、私も代わりに何か差し出さなくてはな。何がいい。」
突然の言葉に、狼男は目を丸くする。ぱちくり、と長い前髪の向こうで見え隠れする緋色がまたたいた。
「…ユーリ、熱でもあるの?」
余計な一言は、問答無用で狼男の肌に牙を立てさせるに充分だった。
「あだーーーっ!!いて、いででっ!!ユーリ!!!」
短い吸血の後、急な痛みに涙目になったアッシュが首筋を押さえる。傷痕は既に消えていた。
「…何も急に吸うことないじゃないッスか。こっちにも心の準備とか、」
「人の真摯な態度を茶化す貴様が悪い。…それで、何がいいのだ。」
「へ?」
「吸血の礼だ。本当に何もいらぬのならこの話は無かったことにするぞ。」
いらいらと、吸血鬼が言い捨てる。どうやら本気で礼をする気があるらしいと悟り、アッシュは慌てて考えを巡らせる。
「え、えっと…それじゃぁ…。」
ここで下手なことを言ったら機嫌をかなり損ねることが、鈍い彼にもそろそろ判っていた。 何しろ彼らが出会って一年という時間が経っているのだから。
出会って一年が過ぎて、自分達は何が変わったろうか。 思考の小路でアッシュは、初めて見た時のユーリの強烈なインパクトを思い出す。 しかるべきところに売ったらさぞや高い値が付くんだろうな、そんな下衆な事を考えたあの瞬間。 ああ、思えばあの時、自分はきっと一目惚れしたんだなぁ…。
「…キスしても、いッスか?」
「フ…。好きに。何だそんなものでいいのか?」
「ハイッス。…ユーリが本番でうまく歌えるように。」
「私は失敗などしない。」
「じゃあ、俺がトチらないように。一周年の日に生番で失敗なんてことになったら、バンドが存続してる間中笑いのネタにされそうッスからね。」
「…何だ、気付いていたのか。」
「そりゃあ、まあ。」
貪欲になって求め合いたいところだったが、何しろ仕事中なので。 ふわりと柔らかなキスひとつで、こんなにも幸せになれるので。 鼻と鼻をくっつけてふふふと笑った。 本番の時間になるまであと何回キスできるかな。
「すまんな、休みが取れなくて。」
「何言ってるッスか!!一周年の日に仕事があるなんて、ありがたいんスよ!!」
「そうそう、だから気にすることないんだネ☆」
背後から急に声がする。 いつまでたってもそのことに慣れない鈍感狼男は(もっとも、最近は透明人間が気配を消すことに命をかけているらしいのだが)、 飛び上がってユーリから離れた。
「ス、スマイルいつからそこにっ!!!?」
「君と一緒に入って来たんダヨ~♪」
「気付いてなかったのか?相変わらず鈍い犬だな。」
「ぎゃーーーーっまた見られたーーーっ!!!つーか覗きは犯罪ッスよスマイル!!!犯罪!!!」
「ヒド~イな~。僕はいたって普通に控え室に戻って来ただけなのにぃ。 所構わずちゅうしだす君らが悪いヨ、ヒッヒッヒ!!」
「ユーリも!!気付いてたんなら言ってよ!!「フ…。好きに…。」なーんて気取ってる場合ッスかっ!!」
「別に構わん。」
「っこの、露出趣味の変態吸血鬼!!」
「その変態に惚れこんでいるお前は、もっと変態だな。可哀相に。」
「っぐ…。」
「あらら~ぐぅの音も出ないってこのことダネ、ひひひひひ」
哀れなドラムス犬がきゃいんと吠えて、透明人間が笑って吸血鬼も笑う。 そろそろ本番の為に移動する時間だ。
「行くぞ。」
「今日はなるべく早く城に帰りましょうね。そんで、ちょっとした晩餐でも酒盛りでも。」
「とっておきのワインがあるのだ。」
「アッシュ君、泊まってけよー。」
「はいッス!」
3人は連れ立って部屋を出る。 この3rdシングルがヒットチャート1位保持期間最長記録を塗り替え、Deuilが名実共に超有名バンドになるまで、あと少し。
"Thanks the first anniversary !!"
Written By 明君☆
くず星(http://members.jcom.home.ne.jp/kuzuboshi.akira/index.html)
05.03.15
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