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 1月の小雨が身体を骨の髄まで凍えさせて。
 傘を買っても良かったのだが、駅から自宅までの数十分の為にコンビニのビニールのそれに525円を支払うのは、 何だか阿呆らしかった。あの傘は味気なくてすぐ壊れるから。

 途中で多少、失敗した、とは思っていた。正直帰り道の半分は馬鹿だったと後悔しながら歩いた。
道が後半に差し掛かっていたので今から傘を買うのも悔しいと、意地を張ったことも反省している。
どちらにせよ、結果、玄関の扉を開けた時、KKは見るも哀れな程濡れそぼって冷え切っていた。

「…………。」
まず、乾燥していてとても温かい空気が、頬から耳の辺りを通り過ぎた。その、人を安堵させる温度にKKは思わず目を瞑った。
「おかえりー。」
マコトの声がした。そういえば、メールで先に家に行くと言っていたか。
「うわ、」
リビングから玄関へと顔を出したマコトが、目を丸くした。 びしょびしょのKKのコートを見て、視線が玄関の床に滴る雫に移った。 その視線を追って足元を見ると、こんなに濡れていたか、とKKも改めてびっくりする。
「………馬鹿?」
やれやれ、というため息が降ってきた。 見上げると、マコトはオタマを持ったままエプロンを着けた腰に手をあてていた。
「うっせー。」
全くもってその通りだと思ったので、ごく小さい声で反論をした。掠れて震えていたので、かなり笑えた。
 寒すぎて、ただいま、さえ言えなかった。

「もー!ちょっと待ってろよ!」
 パタパタ、と慌しいスリッパの音が廊下を通ってバスルームへ消えたかと思ったら、バスタオルが飛んできた。
「サンキュ。」
呟いて、動かない指でどうにか帽子を脱ぎ捨てると髪をガシガシ拭いた。 顔を拭いて、落ち着いてようやくコートを脱ぎだす。 キュ、と蛇口を捻る音が聞こえると同時に、バスタブに湯の落ちる音が聞こえ始めた。
「着替え持ってくる。わぁ、ズボンは洗面所で脱げよ!」
慌しいスリッパの音は寝室へ消えた。 右足だけ脱げかけていたズボンをずり上げて、頭を拭きながら、促されるままにKKは洗面所へ入る。

「フローリング濡らすなよ?」
と、言われてももう濡れていた。大体ここは俺の家なんだが。
「ジャージでいーい?」
「何でもいいぞー!」
背後に向かって叫ぶと、声と同時に服が投げ入れられた。腰に当たったそれを床に落ちる寸前でキャッチした。 どっちが家主だか判らねぇなぁ、などと思いながら着慣れた部屋着に頭を通していると、
「どうしたのさー?」
「傘、買うの面倒だった。こんな降ってくるとは思わなかった。…まいった。」
「へぇー、相変わらず馬鹿だねー。」
扉の向こうですったかたったー、とリズムよく廊下を走る音が聞こえた。 どうやら床を拭いたらしい。
「ぁ、やべっ!」
耳をすましていたら、またスリッパの音は慌しくリビングへ消えて行った。 KKはすっかり着替えを済ませ、気になったのでマコトの後を追った。 視界の隅に、自分が脱ぎ散らかした服がいつの間にか洗濯籠の中に放りこまれて床にあるのが目に入った。

「Kぇー。」
「ぁんだ。」
「風呂入る前に、一杯どうですか。」
ニコニコ顔で手招きされて、キッチンのコンロ前に来てみれば。
「甘酒、」
ほわん、と香る甘い匂いを嗅いだ。
「そ。飲む?」
「イタダキマス。」
ありがたや~、と手を合わせると、マコトは持っていたオタマで甘酒を掬ってくれた。
ぼーっと見ていると、持って行くから暖房の前に座ってろ、とキッチンを蹴りだされ。 大人しくソファに座るとすぐに、「弟が福引で大量に当てたんでね。」 などと言いながら、マコトは甘い匂いを温かい空気と一緒に運んできた。

 器に注がれたそれを受け取る時、指先がマコトの手に触れた。
「冷たっ!うわ~、アンタこれ、風邪ひくんじゃない?」
「んなに、ヤワじゃねぇよ。」
右手をそのまま隣に座ったマコトに取られたので、KKは左手だけで甘酒を飲んだ。 熱い液体が寒さに強張った身体に染みていく。
 当たり前のように温まっている部屋も用意される風呂も飛んでくるタオルも着替えもこの甘酒も、

ぎゅ、と右手を握るマコトの温かい手も。

どれもついこの前までは、想像もつかなかったものだ。
 当たり前のように自分を迎えてくれるそれらの温かい存在を、 気を緩めたら泣くんじゃないかと、思いながらかみ締めた。
 飲み干して息を吐くと、ようやく感覚を取り戻した耳や指が逆に熱かった。冷え切っていた証拠だった。

「寒い?」
問うてくるマコトに、
「何つーか、火傷しそう。」
と答えると、そりゃあそうだよね、と苦笑された。それから、ふとマコトが真面目な顔になって、
「…良いもんでしょ。」
と、言った。
「今年はもっと甘やかしてあげるから。アンタはその上に胡坐かいてていいんだよ。」
「…………。」
「最初はその甘酒みたいに熱いかもしんないけど、それはアンタが冷えてる所為だからね。」
話の真意が見えて、頭に血が上ってきた。
「あったかいって、良いことなんだよ。」

喉が詰まったのは、きっと甘酒が熱すぎた所為だ。
お前はどこまで俺をダメにする気なんだ、とか、
相変わらずキザなことで、とか、
おかわり、とか。
言いたかった言葉は沢山あったけれど、結局KKは風呂が沸いたよとマコトが言うまで黙ったままだった。








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冷え切ってる指とかに急にあたたかいものを当てると、逆に熱すぎる!っていう現象を、
KKさんの心に例えたかったんですが、難しかった…!
背景提供>よもぎさん、どうもありがとう!!半透明テーブル使ってみたかったけど見辛いからやめました。
08.01.14


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