Old day's memories
物の数だけ思い出がある。長い年月を生きる者ならば、なおさら。
ユーリが珍しく昼前から起きた休日。
昼食後のリビングに巨大な箱のお化けが入って来て、
台所にいたアッシュは拭いていた食器を取り落としそうになった。
「な…何スか!!何事ッスか!!?」
「うむ。装飾品の整理をしようとな。」
ひょこり、積みあがった箱のお化けの向こうからユーリが顔を出す。
どうやら私室から大量の宝石箱やら木箱やら包みやらを一度に運んで来たらしい。
どさ、という音と共に箱のお化けはリビングテーブルに伏した。
遅れてガチャだの、チャリーンだの、鎖や金属片の触れ合う音がする。
「わーあんたホント気まぐれッスねー…。」
「うるさい!たまには私だって、」
「ヒッヒッヒ判ったー。作詞がめんどくさくなったんだねユーリ♪」
「普段は言っても部屋の整理なんてしない癖に、こういう時に限って…。」
「黙れやかましい。アクセサリが増えて収納に困ってきたところなのだ!」
言ってユーリは顔に付いたほこりを払う。
アッシュと、面白そうな気配を嗅ぎつけたスマイルは、互いに顔を見合わせた。
年季の入っている城主の物凄い数のアクセサリは、たちまちリビングテーブルを占拠する。
その量たるや、直ぐにでも店が開けそうな勢い。
飴色の硝子玉の付いたネックレス。
敬謙なキリスト教徒の衣装箱から持ち出したかのような、薔薇の棘の絡んだロザリオの長い鎖。
驚く程細かい技巧の凝らされた銀細工の指輪。
じゃらじゃらと大量の石をちりばめた腕輪。
オーブをモチーフにした某有名ブランドの巨大な銀のピアス(ヴィヴィアンメルヘンウッド?)(大笑)(ごめんなさい)。
目を離した途端失くしてしまいそうな、小さなガーネットのピアス。
純金に縁取られたイエローサファイアの光の隣で、イミテーションのダイヤが笑う。
「十字架多いッスねー。アンチテーゼッスか…。」
「単に好きなだけだ。」
十字架の次に多いモチーフが薔薇だった。次いで蝙蝠、柩、蝶、蜘蛛、生首、etc…。
アッシュはもの珍しそうに手を伸ばす。
「迂闊に手を出さない方が良いぞ。そちらの箱のは、特に。」
「へ?」
ユーリの忠告と同時に、アッシュの手の中の可愛らしい天使の指輪がみるみるどす黒い悪魔に変わって噛み付いた。
「ぎゃひっ!!!う、わっ!!!これ、コレ何なんスか!!!」
「だから言ったろう。」
「ぎゃあああああああ!!」
黒い鎖の巣を縦横無尽に歩き回る蜘蛛のペンダント。
風も無いのに舌のようにちろちろと揺らめくリボンタイ。
首飾りの生首は本物の血を流し、
羽根の生えたよくわからない生き物のブローチが水晶を抱いたまま飛び立とうとしていた。
テーブルの一角で蠢く封印の解かれたいわくつきの品々を必死で振りほどき、アッシュは飛びのいて距離を置いた。
ユーリが、まるで羊を柵に追いやるかのように、黒く大きな箱にそれらを閉まって蓋をした。
「他にもまだいるからな、気をつけろ。」
「了解ッス…。」
「……これ、ボクがユーリにプレゼントしたやつだね。」
スマイルが、細かい刺繍の入った真紅のリボンタイを手に取って、懐かしそうに眺める。
「ああ、目覚めて直ぐの頃に貰ったものだったか。」
ユーリもスマイルの手の中を眺める。
アッシュは接近した二人の距離に、耳をピクリと動かした。
二人が、百単位の年数を経た親友だということは判っていたが、やはり気になってしまう。
こうして、自分の知らない部分、(しかもそれが彼らを構成している大部分の過去だった)を突きつけられると、
のけ者にされた子供のように、ことさら敏感になってしまう。
「コレはもしかしてアノ時のアレかな?ヒッヒッヒ。」
「アレだ。」
「む。アレって何スか。」
「ヒッヒ、なぁに、ちょいと400年くらい前の曰くつきの品だよ。」
「よんひゃ…!」
「僕とユーリの歴史は長いンだよ。」
「むきーーっ俺だって俺だって……これ!!これ、クリスマスに俺があげた指輪!」
「ああそれか。大分錆びてきたからそろそろ捨てるか。」
「ヒヒヒッ。」
「ヒドーーーーーーっ!!!」
「安物を寄越すからだ。」
錆びて壊れて汚れてほこりをかぶって蜘蛛の巣をはっているものもある。
次から次へと出てくる品々を、丹念に整頓してゆく。
「これ、去年のツアーグッズじゃない。」
「気に入ってるものでな。」
「そーいやユーリがデザインしたんだったねぇ。」
「ユーリ、これ、紋章が…。」
「ああ、それか。初代メルヘン国王が建国の際にだな、」
「国王!?マジっすか!?」
「こっちは雪の女王に貰った、決して溶けない雪の結晶のコサージュだねー。」
「おお、千年竜の牙で作ったイヤリングは何処へやったかな。あれを買った時は東方の魔女が邪魔をして…、」
「どんだけ顔広いんですかアンタは!!」
昔話をする為に持ち出した訳ではないのだが、と言いつつ。
一品一品にまつわる彼の思い出は、奥も深ければ世界も広く。
気付けばイチイチ説明を請うて、引き込まれ、驚き、感嘆の声を上げた。
知らないことの多い吸血鬼のこと、ひとつひとつ知っていった。
アッシュは、全てに懐かしい思い出が詰まっているものだと思った。
「ユーリ、これは?随分綺麗なネックレスッスねぇ…。」
ひときわ古そうなネックレスが、テーブルの上で秘かに鈍い光を帯びていて目をひいた。
不思議な色の石は、光にかざすときらりと光った。
「それは…。」
ユーリの、微妙な表情の変化を、アッシュが見逃すはずもなく。
「…さあ、何だったかな。忘れた。」
「あ…そ、そうッスか!!俺、お茶淹れて来るッスね、二人とも喉渇いたっしょう!?」
少し不自然だったかな、と思いながらネックレスを置いて台所に逃げた。
知らないことを突きつけられた、堪らない気分を隠すために。
知りたくないと言えば嘘になるが、
それはきっと、大切な人の形見か、昔の恋人からの贈り物か、何にせよ自分が踏み入ることの出来ない領域で。
彼が言いたくないことは、きっと今の自分が知るべきことではないのだから。
アッシュはただ、今のユーリをあたためる、美味しいお茶を淹れることに集中した。
「ゆーりぃ?…まーだ気にしてるの?もう昔のことじゃない。」
「ん…。」
「苦労したんだよねぇ、これ。何だっけ、3回崖から落ちて、2つの会社に呪いをかけて、1人刑務所送りにして?」
「4人病院送りにした。」
「それで、」
「…若かったのだ。」
「あんな広告文句、今時お年寄りもひっかかんないよ。」
「効果が無かったら返品できると書いてあったのだ!!なのに連絡先は全て出鱈目で!!」
「アッシュ君には黙っておいてあげる☆夢を壊しちゃ可哀相だもんね、ヒッヒッヒ…」
笑うスマイルによって、
「身に着けるだけで背が伸びるパワーストーン!特別価格」という見出しの色あせた広告と一緒に、
ネックレスはいわくつき用の黒い箱に仕舞われた。
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アンケート御礼リクエストより「アスユリでギャグ」。(笑
無駄に長くてごめんなさい!アスユリ要素も少なくてごめんなさ…。
05.03.26
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