「ここに居ることができるということ、それがお前に与えられた能力だと思え。」 早朝と言うにはまだ早い深夜、Kがうなされていた。 最初はよく判らなかったのだが、普段は息してんのかってくらい静かな彼が、 寝ながら微かにむーだのうーだの唸っていたし、触ってみたら体温が幾分上昇している、割に指先が冷たくなっていた。 「…K……?」 こういう時自分の無力を思い知るのはとても嫌だった。 腕に触れたまま薄暗がりの中で、ちょっと途方にくれてしまっていた。 これがサイバーだったなら躊躇うこともなく声をかけてやれば泣き付いてくるから頭と肩をなでてやって、 それでもぐずるようなら台所に降りて行って何か飲んで一緒の布団で眠ればいい。 小さい頃はよく寝呆けてベッドに潜りこんできたっけ。裸足で徘徊したフローリングの感触と共にそんなことを思い出す。 俺は困って目蓋をこすって頭をかいた。 起こした方がいいのだろうことは判っていた。だけど。 だけど起こして、夢から覚めて、焦点の合わない一瞬の視線を天井に向けた後暗く冷たい海の底みたいなあの目をむけられたら? 怖気も覇気も、寂寥感すら無くて、あるのは少しすさんだ気配と残りは全部何もかも諦めたみたいな、 まだごくたまにKが見せるあの目をされたら。俺には何も言えなくなってしまう。 「怖い夢でも見たァ?」と道化になることも、「大丈夫?」と無責任に聞くことも。 それでも、受けとめたいと思うのだもの。 起こしていた上体を戻して触れていただけの腕を絡めて手を握る。 普段ならこの気配だけで起きそうなものを、顔を近付けても目覚める気配は一向に無く、俺はそっと囁く。 「K……。」 「…けーけぇ、」 「……………大丈夫だよ……。」 「けぇ…」 「ここに、いるよ」 「傍にいるよ…」 「…K……」 突然、静かにKKが目を覚ました。その瞬間の表情が存外穏やかだったことに安心して俺は息を吐いた。 「…ん?」 「K……、」 「マコト……?」 悪夢の余韻を含んだ目を覗きこんだら、必要以上に心配している自分の顔が写っていた。 まだ覚醒しきれていないKKは、確認するように俺を見て、腕を見る。 「…あ……?」 「うなされてたから。」 「あぁ、……すげー……すげー怖い夢見てよ…。」 「え、?」 腕を見つめていたKKが苦笑を浮かべた。ようやくの表情らしい表情だった。 「…どっかのビルの廊下をよー、こう、モップがけしてんだけど、それが何か磨いても磨いても綺麗にならねんだ。 しかも廊下が何処まで行っても終わんねぇ、磨いても磨いても……あーこの恐怖判るかお前ぇに。」 「……はは、」 「おぃ、笑い事じゃねえ、」 「や…、判る判る怖いよねぇー。俺もたまに見るよお客さんの髪を、切っても切っても終わらない夢。」 「あーこえぇー」 「怖いね。」 ふ、とKの息がおでこにかかった。顔を見ると、心配すんなというように目を細めてまた苦笑いされた。 今の夢の話が嘘だろうと本当だろうと、そこまで頭が回転しているのなら心配ない。 自分の空回りっぷりが急に恥ずかしくなってきた。ひと笑いして寄り添って、二人して長い息を吐く。 「…悪い、起こして。」 「いいよ。」 「ありがとうな、」 言って、KKは繋いだままの手を握り直した。 「……どう、いたしまして?」 「…助かったぜ、お前ぇが傍にいてくれて…。」 「ん……。」 「お前が、ここに居て、良かった。」 意味なんか無くたって構わない。ただ、傍にいただけのこと。それが伝わっていることが、こんなにも嬉しい。 「………けぇ…、」 「あ?」 「好きだよ。」 「…おぅ。知ってるっつーの。」 「オヤスミ。」 「おぉ…。」 ----------------------- 甘くてスミマセンでした…;;;。ホントに私はどちらかが寝てる状況が好きだよぉ。 マコ兄考えてることいちいち恥ずかしいから彼を一人称にすると大変です…。 さりげにラブラブな兄弟設定もチラリズム。 BGMとタイトルはRADWINPSの「バイ マイ サイ」。「セツナレンサ」のカップリングです。 06.11.23 |