DESIRE FOR CHOCOLATE FROM HIM



 毎日を一生懸命に生きていれば、たまには心が荒むことだってある。 自立しようとすればする程、相手の気持ちもお構い無しに、一人で立つことに必死になって。 その甘えた心のまま暮らせば運にもツキにも見放され、挙句、長年つきあっている恋人との会話にすら失敗したりする。









「ユーリ!」

 2月14日、訪れた城のリビングで、アッシュは少々ショッキングな光景を目にした。 数日前に自分が最後に見た時からは想像もつかない程散らかった上に、この世のものとは思えない程の異臭が鼻をついた。 狼男の直感がこれはヤバいと警告していたが、恐れをなさずにキッチンに足を踏み入れた。

「あ、キタキタよ〜♪アッシュ久しぶり〜。」
スマイルがアッシュを振り返った。その後ろ、銀色の髪で顔が隠れた吸血鬼が、俯いて立っていた。
「…ユーリ。」
手には、白い皿。その上に……、
「アッシュ……。」
嫌でも目を背けられない程の、焦げた物体が乗っていた。凄い存在感だった。
「……残さず食えよ。」
「…はいッス。」

 会話に緊張感が漂ったのは、ユーリが手にしているチョコの所為だけでなく、久しぶりだったから。 横で見ていたスマイルが、どこまでも不器用な二人の空気に耐え切れず、思わずフォローを入れてしまった。
「本当は、生チョコだったんダヨネ〜。出来上がったら、焼きチョコ?かな〜?」
「イタダキマス。」
両手を合わせてから、差し出されるままにアッシュはそれをつまんで食べる。はっきり言って苦かった。 改めて反省したアッシュの胸に、妬いたチョコはとても苦く染みていく。

「…ダイジョブ?」
「だ、大丈夫なのか?」
「まぁ……大丈夫ッス。」

 作った本人すら無事を聞いてくる程には酷い仕上がりの擬似生チョコを飲み干すと、 舌の上に何故か酸っぱい味が広がったのでそれも無理に唾と一緒に飲み込んだ。 代わりに浮かんだ感想を、舌に乗せる。 こういうことは大切な相手であれば尚更、ストレートに伝えなくては。
「じゃなくて、俺のために、わざわざ作ってくれて、ありがとうッス、ユーリ。ご馳走様っした。」
「別に貴様のために作った訳じゃない。」
そっぽを向くユーリの、赤い頬に思わず笑みがこぼれた。白けた顔の透明人間も、やれやれと笑う。
「はいはいユーリ、それ何てツンデレ発言?」
「ツン…?」
「いいから。良かったネェ。」
「あの、それで、この前は酷いこと言っちゃって悪かったッス。」
「…まぁ、今回もこの惨事だからな。」
「ははははは、」
 一番目を逸らしたかった、キッチンの状態を見つめて、アッシュは思わず乾いた笑い声をあげた。 早速、目に付いた床のチョコレートを拾った。鍋やボウルが汚れているのはいいが、電子レンジまで焦げているのは何故だろうか。

「生クリームが固まってしまったからレンジを使って溶かそうと……。」
「それは分離していたんじゃないッスか?ぅわ、冷蔵庫、中もですか……。」
扉を開けて、これは後で落ち着いてからにしようと、すぐ閉めた。
「チョコはなかなか固まらんから、腹が立って焼いたのだ!」
「そういう時は、」
「もういい!私には向いていないのだ!……こういうのは貴様に任せる。」

その、言葉のありがたさに、アッシュは今度は気付くことができた。

「ヘヘ……じゃあ、早速…ってスマ!」
「ヒッヒッヒ、アッシュ君の鞄からいい匂い〜チョコチョコ♪」
 リビングに置いたままだったアッシュの鞄から、早速包みを取り出しているスマイルがいた。 アッシュは仕方ないッスねぇ、と嬉しそうに言いながら、二つある袋の内、片方をそのまま渡した。
「スマも、巻き込んですまなかったッス。」
「いただきま〜す!」

 袋のもう片方は勿論ユーリに。
「はい、ユーリ。ハッピーバレンタイン。」
「うむ。」
「ヘヘヘ、俺、今回はかなり真面目に反省したんス。 俺、一人で何でもできるって思い込んでて…ユーリが俺の作ったもん、食ってくれるのが当たり前んなっちまってて…本当に、色々と申し訳なかったッス。 俺、やっぱりユーリが、」
「アッシュ。」
「……何スか?」
「食べてもいいか。」
「勿論。…………そういう、実は照れ屋なところも好きッスよ。」

 顔を背けたままの吸血鬼は、聞こえなかったふりをして目を閉じた。黙ってチョコを口に運んだ。
「…………。旨い。」
飲み込んだチョコは喉が焼ける程甘かった。多分チョコだけの所為ではないのだろう。
「良かったッス。」
「…………此方の方こそ……。」
「え?」
「いや……本当に大丈夫なのか、アレは……。」
「あー…多分大丈夫ッスよ。変なモンが入ってる訳でもねぇし。」
「そうか…。」
「あ、コーヒー淹れますね。ユーリは紅茶がいいッスか?」
「任せる。」
「ッス!じゃあ、リビングで待ってて下さい。」
 結局、元の鞘に収まっただけじゃないか。 そう思ったアッシュはキッチンに向き直り、ユーリはリビングへ向かった。すっかり元通りに戻った自分達に、笑みを零しながら。







08.02.11
09.02.11up
1年ぶりに読み返してみたらアッシュが煙草吸ってたりユーリとMZDが会話してたり…。
自分でもびっくりするシーンが沢山詰まってた…。
すっかりツンデレで不器用なリーダーになってしまって…(涙)。
キャラがちょっといつもと違っててスミマセンでした…。










日常に押し潰されて忘れないように、アッシュは自宅に、一本だけ抜けたあの煙草を一箱、置いたままにしてある。自分への戒めとして。





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