春の海



「ぶえっくしょいぃ…っ!!!」

 ヴィジュアル系を名乗るバンドのメンバーが、下品な音を立ててくしゃみをした。
 リーダーがそれを聞きとがめて、眉間に皺をよせた。
「…寒いなら少しの間でも上着を羽織っていろ、愚か者。」
「あー、いやこれ位なら平気ッス、いちいち上着着るの面倒くさいし…もう次のカットですから…。」
 鼻をすすって笑うアッシュの言い分を無視して、上着を放り投げた。
「う…サンキューッス。」
 短く礼を言ってアッシュは裸の肩の上に青のジャンパーを羽織った。ユーリも、彼には珍しく長袖のYシャツ一枚だったところに、黒の上着をひっかけていた。





 CMの撮影というのはやっかいだ。大抵2シーズン、どんなに急な仕事でも1シーズンは前に撮影される。夏の盛りに翌冬に向けて撮るならまだしも(ユーリとしてはそちらの方が遠慮したいだろうが)、まだ肌寒い初春に夏のイメージを撮るのは、中々大変な仕事だった。

 夏の、盛りの、太陽を浴びたイメージ。くっきりと黒々とした影をつけて。小麦色の肌をした人狼と、影にいてもなお白く光る吸血鬼と、海に溶け込む透明人間。

 春の海を背景に、撮影を行った。





「あれえ?」

 遠くの岩場から引き上げてきたスマイルが、沖を指して頓狂な声をあげた。声を聞いた者達がその方向を見やると、それは小さな小さな低気圧で、黒い雲がぐんぐんと近付いて来ていた。
 白く、淡い光の世界を映えさせる、移動する影と雨に波打つ水面。雲がある場所だけぽっかりと別世界のように影で覆われていた。



 これはやばいということで全員に撮影中断と避難が告げられた。しかし海風は速く、雨足はするりと頭上へ走りこんできた。呑気に待機中だったアッシュとユーリが、指示を聞いて急いで砂を蹴り始めた瞬間、ぽつり、と雨粒が落ちてきた。

「わ!降ってきたッス、ユーリっ!!」

 パラパラパラ、頬を掠めた雨粒は、音を立てて砂に落ちる。水音は潮騒に混じって、音量を急速に増していく。潮の匂いがきつくなったような気がした。

 アッシュはユーリを引っ張って、脱いで頭上に広げた自分の上着の内側を示した。無理矢理ユーリを上着の下に潜り込ませると、そのまま走り続ける。風を受けて青いジャンパーは膨らんだ。機材を片付けるスタッフの、慌ただしい足音が、砂に吸い込まれていく。

「何にもないよりは、マシっしょう?」
「きびきび走れ、腹出し犬。」



 いち早く建物に避難したスマイルが、砂浜を振り返る。きらきらと光る水面をバックに、楽しそうな二人が走ってくる。 瞬間切り取られた時間は、幸福そのもので。
「あ、いいなぁ、僕も〜☆」
 そう言って狼男の剥き出しの腹筋に飛びついて迎えてやった。砂に足を取られて転んだアッシュとスマイルを見て、ユーリはひとりつぶやいた。

「通り雨だから、じき止むだろう。」

 満足そうに微笑みながら。







消化不良で吐きそうだったので、勢いに載せてSSを。
清涼飲料水のCMかなんかですか…?アッシュ単体ならありそうですが。
ユーリさんは化粧品か、写真とかTVの画質系ですか。スマはコネでギャンZ(笑。
妖怪どもを使いたがる人は結構いそうです。
04.06.07


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