魔物の頂点に君臨する吸血鬼様の城に、透明人間の泣き声が響く逢魔ヶ時。
「お腹減ったナァ〜。メソメソ。」
「オイ、スマイル。」
「あ、ユーリ起きたの?オハヨ。」
「飯は。」
「…折角のオフなのに寝て過ごしちゃもったいないっしょう、ってアッシュ君なら言うのかナ。」
「…飯は。」
血の気のない顔、瞼をゴシゴシ擦りながら寝惚けた吸血鬼は同じ台詞を繰り返して問うた。 最近のリーダーにとって飯=アッシュである。

 日も傾きかけ薄オレンジ色に染まった城のリビングに、二人の魔物が顔を付き合わせる。 いつもならこの時間、キッチンから醤油だのワインだの野菜だのの良い匂いが豊かに薫ってきているはずなのだが、 今日は火を使っているぬくもりすら感じ取れず、楽しそうに聞こえるはずの何かを刻む音、かき回す音なども聞こえない。
 茶も無いのか、吸血鬼はしかめっ面でソファにどっかりと腰掛けた。 寝巻き着のままのワンサイズ大き目のシャツがひらりと翻る。
「犬はどうした。」
「……君の寝ている間にね、」
「………。」

 吸血鬼はここで大きなあくびをした。眦に浮かんだ涙を透明人間はキレイダナァと思って見た。
「アッシュ君がお城の掃除をするって言って、」
「またか。あの男は本当に掃除が好きだな。」
「城の奥へ消えたっきり帰って来ないんだよねぇ。」
「…面倒くさいな、お前探したのか。」
「おやつ欲しくてねぇ、3時頃探したんだけどぉ。ヒッヒッヒ…お腹減ったナァ〜。」

 吸血鬼はここで小さく舌打ちした。お行儀の悪いことよのう、と透明人間はため息をついた。
「面倒くさいな、アッシュがいれば臭いでアッシュを探せるのに。」
「ヒッヒッヒ…ユーリ動揺してる?言ってること滅茶苦茶ダヨ。」
「水と、食料を用意できるか。着替えてくる。」
吸血鬼は立ち上がる。
「アイアイサ〜。」
透明人間はおどけて敬礼する。
「灯りも忘れるなよ。」

 数分後、荷物の詰まったリュックを背負い、燭台を片手に二人は廊下に立っていた。 バサリ、古めかしい地図が広がる。
「何処だと思う。」
「さてねぇ…、隠し階段から落っこちて動けなくなってるんじゃないのぉ?」
「うむ、あそこの床はそろそろ腐っているだろうからな、東の方から行くか。」
「あ、僕はネェ、肖像画の間が怪しいと思うんだな、ウン。」
「そうか、封印が解けるのもそろそろだったな。見ておくか。」

 カツーンカツーン、古い城に二人分の足音が高らかに響く。 だから迂闊に踏み込むなと言っておいたのに、吸血鬼のやれやれといった台詞で、城内探索は厳かに開始された。 実際、二人は実に楽しそうだ。

 妖怪暖炉に引きずり込まれたあげく子供の霊にほだされ追いかけられ、 巨大花に生気を吸い取られ泣きじゃくる力も残ってない狼が発見されるまで、 あと数時間。


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…そんな馬鹿な。
某様が愛地球博の待ち時間にケータイでこさえたという日記の品に触発されて書いたお城ネタ。

05.09.23

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