愛のムチ、という言葉がある。スマイルは最近この言葉を覚えてよく使っていた。主に上司と同僚に向かって。

「ネェネェ忙しいとこ悪いんだけどさぁ…ヒッヒ…」
「何スか。」
「ネェ、ユーリちょっとアッシュ君を殴っておくれヨ。」
「何言っ…ごふぁっ!!!?」
「…………殴ったぞ。」
「ウン、ありがとう。ご苦労様。」

声も無い程痛がっている同僚は、床に手をつき悶絶している。
その姿を横目で見ながらスマイルはいつもの笑顔を崩さず淡々と語った。

「例えばサァ、アッシュ君とユーリが地球の、日本あたりで会社員をやってたとするとぉ……。」

 殴られた右頬を口ごと大きな掌で覆いながら、ようやく顔を上げたアッシュは涙目でスマイルを見上げた。 聞いているのかいないのか、椅子に座ったままユーリは組んでいた足を組み換えた。

「きっと悟られてないと思いながらシフト合わせたり、暇な時は倉庫とかどっか人気の無いところで仕事するんだろうネェ。 忙しい時はデスクの近くを通れるように、急にお使いを積極的にやったり、傍から見たらバレバレなのにネェ。 わざと違う時間に退社して反対方向から遠回りして落ち合ったり、多分アッシュ君は色んな嘘をつくだろうネェ。」

はぁーーーっと吐かれたため息が重い。目を逸らしてアッシュは逆に息を詰めた。hold one's breathってやつだ。
「その…………すんません……。」
謝った途端ユーリからもため息が聞こえた。今度は上目遣いで尖った視線を送るも、ユーリは一瞥もくれない。それが照れ隠しなのだと、アッシュは知っている。
「僕ねぇ……僕らこういう稼業で本当に良かったって思ってるんだ〜。」
だって会社員だったら間違いなく僕のストレスが溜まるデショ、スマイルは相変わらず笑んだまま作業を再開した。

謝った時点でアッシュは認めてしまっていたのだ。
一寸前、上司兼恋人に見惚れて仕事をしていなかったことを。



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オフィスラブなんてどうだろう。
09.05.21

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