げほん、
と一度軽くしたら喉が引っかかったようで立て続けにゴホゴホゴホンと息をつく隙もないほどむせ込んだ。
「マ、マコト?」
 慌てたようにソファから腰をあげようとした男に平気だからと手でジェスチャーだけすると、 動こうとした筋力エネルギーをもて余したのか、灰皿の上で細い煙をあげている吸いさしの煙草を掴んだようだ。
 別に、煙草の煙に咽た訳じゃないんだけど。
 乱暴に押し付けて消された決して短くないその煙草は、きゅ、と彼の手によってあっけなくその生涯を終えてしまった。 何だか可哀相なことをした。本当に、単に乾燥しすぎた都会の夜に渇きを訴える喉が一時的な反乱を起こしただけだったのに。
 ああ、それにしてもびっくりした。びっくりしたせいで何を考えていたのか忘れてしまった。
 何だっけ。何を考えていたんだっけ。

 「あ、」
俺は煙草は好まないけどアンタがそうやってパッケージを繰る仕草や途端に小さく見えてしまう箱と大きな手の対比や、 銀の古びたジッポライターがたてるいやに存在感のある音や火を点ける時の目の伏せ方だとか、 無表情で肺を犯していく瞬間や満足そうに吐き出される煙の行方を追っていく眼差しが、

「好きだよ。」
 たまらなく。
 掠れた声は自分でもゾッとするくらい艶めいていて、瞬間、流れた空気に文字通り背中を何かが駆けていた。 抱きしめたんだか抱きしめられたんだか判らない抱擁。 煙草の、いつもより濃い味のキス。
 アンタのその寂しがりの唇は、俺が側にいる時だけは煙草で塞がなくても俺が塞いでやるから。




05.11.24
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