※Kユリです。ご注意を。




 ごく当たり前の話だが、血液に関して吸血鬼は酷く敏感だ。 特に味覚と嗅覚においては人知を裕に凌駕している。 ほんの一滴飲むだけでその気になれば相手の肉体に関する個人情報をほとんど知ることが可能だし、 血液に関する時だけは狼男並に鼻が効く。
 そう、だからあの男の血の匂いが風に乗って届いた時も、ユーリは特別驚きはしなかった。 ただ静かで月の冴えた夜だったので、無粋な、とだけ思っていた。

 自分の肺から出てくる息が、か細くて笑えた。湿気とともに降り始めた霧雨が、容赦なく体温と体力を奪っていく。 重い息は白くけぶって身体に巻きついた。 霧雨は目に入る全てのものに満遍なく当たり、黒い世界の輪郭を白く、白く、ぼやけさせていった。

 吸血鬼は匂いを辿って雲下に、ひいては地面に降り立った。生憎雲は厚く夜は短く、大量の水気が彼の身体を襲った。 だが湿気は血の匂いを一層濃く、甘美なものにした。 ふらり、ふらり、と互いの一歩ずつ(或いは一飛びずつ)を近付かせていって、ついに二人は顔を合わせた。

 男は何も言わずに、朽ちかけて気味悪く発光する壁に背を預け辛そうに肩を上下させた。 顎を上げて首を傾げて見せ、口の端だけを辛うじてシニカルに吊り上げた。 長い茶髪が濡れてぺったりと顔に貼りついていた。

「貴様の血だけではないな。」
「ぁあ…久しぶりにこんな殺したわ、ホント。」
 男の台詞とともに生温く臭い風が、路地から通りに立つ吸血鬼の方へ、引き寄せられるように吹いた。 ぶわり、と生臭い血の匂い。濃厚に絡みつく。
 ぬらぬらと照り返しを受けて黒く光る血が大量に、そこら一帯に流れ出していた。 ハ、ハ、と男は自嘲的に笑う。声だけが雨を受けずに乾いており、聞き取りづらかった。 男の引きつった喉では、唾を飲むことも叶わない。

「死体の血は飲まない。力が弱まる。」
只でさえ霧雨に濡れて力を幾分削がれたのだから、そんな馬鹿な真似はしたくなかった。
「死ぬのが早まるだけだ。勝手にしろ。」
只でさえ霧雨に濡れて命を随分殺がれたのだから、そんなことは今更どうでもよいことだった。
「では、頂こう。」

 吸血鬼はごくりと喉を鳴らして美味そうに血を啜る。 男から次第に力が抜けていく。冷えた鉄の塊が男の手から滑り落ちて大仰な音をたてた。
「少しは抵抗してみせろ。その銃で撃っても無駄だがな。」
「…………。」
「まだ死ぬな。つまらぬぞ?」
ずるりと男の膝が地面につき、吸血鬼を見上げる形になった。息はもうしているかどうかも判らない。 霧雨が目に入るので男は眩しそうに目を細めた。
「貴様の血も、随分変わった味になった。」
「……はは、」
「珍味の礼をしよう。何がいい。」
「…―――……。」
「…承知した。」

冷たい霧雨の中の唇は、血と鉄の味の中で交わった。
短い夜が明けることはなかった。




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アンケート御礼リクエスト「そこはかとなく大人で微妙な関係のエロ無しだけどエロスなKユリ」。
ぶっちゃけ、楽しかったです。真剣に書かせて頂いた御礼なのにJunk扱いなのは、如何せんカテゴリが(笑)。
書きおわった途端にランダム再生のコンポから「New days」が流れ出して素で怖かったです…。
そんなヤキモチ妬きなマコトさんのために、Kマコ&アスユリ前提で読んでいただけるようになってます。

05.04.15


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