待ち惚け・透明



 じゃあ、隠れんぼをしよう。

 相変わらず何が「じゃあ」なのか判らない唐突な文脈で、友人は提案した。 サイバーは高校生にもなって…と反対したが、スマイルの、 隠れんぼっていうのは昔からヒーローの秘密の特訓に使われてたんだぞぅ、 という言葉を素直に(というよりは単純に)信じてしまい、かくして二人きりの隠れんぼは始まった。

 夕闇にサングラスではとても心もとないが、ヒーローが素顔を晒す訳にはいかねぇと、サイバーは意気込んで100数えて振り返った。
「探すぞー!!」
小さな公園に、サイバーの声が響く。返事は無い。当たり前だ、隠れている方はきっと息を殺しているのだから。
 ガサガサ、ゴソゴソ。
 茂みの中、自販機の裏、ベンチの下、以外と穴場の木の上、狭い公園内をあらかた探しても見つからず、 サイバーはため息をつく。 うーん、と考えるポーズをとって耳を澄まして気配を探る。 ぐるりと首をめぐらせると、自分の周りには人っこ一人いないという事実が浮き彫りになって何だか怖かった。

 チカチカっと無機質な色の街灯が点く。途端に冬の空が余計に暗くなったような気がした。 風が落ち葉を巻き込んで、ぐるぐると空へ舞い上がっていく。
「さっみー…」
わざと大きな声で独り言を言うと、共働きの両親のことやその手伝いのパル、ヒゲのおっさんと仲良くしている兄のことや、 バイトや勉強で忙しい友のことが浮かんだ。 一緒に遊んでいる透明人間は、なかなか見つからない。
 こんなに狭い公園なのに何でだよっ、と自棄になかけた時、

「サイバー!!」

暖かな兄の声が、冷たい空気を切って進んで届いた。



「兄貴っ!!」
 マコトと、少し離れた所にKKが、公園の入り口に立っていた。 何でこのおっさんまで一緒にいるんだよ、と文句を垂れようかと思ったが、兄が来てくれただけで満足していたからよした。
「何してんのこんなに遅くまで。じきに夕飯だぞ?」
「かくれんぼっ!」
「隠れんぼ…!?」
もそ、とKKが驚いたように呟いた。
「かくれんぼ?相手は?」
「スマイル!!」
「スマイルちゃんとかくれんぼ?…………それって…。」
「なかなか見つかんなくてさーでも俺様ならすぐ見つけ、」

「…あそこで不自然に宙を浮いているギャンブラーラムネのオマケらしきものは何かな。」
マコトがサイバーの肩越しの背後を指差す。

「あー!!!」
 見ると言われた通り、ベンチの上に置いてあったギャンブラーの食玩がフワフワと飛んでいた。 しかもあれはさっき散々ふたりで買い漁ってようやくひとつだけ出たシークレットモデルではないか。
「汚いぞスマイル!!」
そういえばこれを取り合っているうちに何故か隠れんぼをする羽目になったのだった、とサイバーは思い出した。
「ヒッヒッヒッヒ…ばれちゃった☆」
「ずるいぞオイ!!隠れてる間に取るなんてっ」
「…というか透明人間相手に隠れんぼってなぁ…。」
「ねぇ。俺の弟はどうしてこんなに純心で可愛いんだろうねぇ。」
「……可愛いって言うのかそれは?」

 素人には判らないような必殺技の名前を連呼しつつ戦いだした二人のギャンブラーオタクを、 微笑ましいなぁ、と思いながらマコトは止めに入る。
「ホラホラ、夕飯の時間に遅れると母さんに怒られるだろ。帰るよサイバー。」
「しょーがねー!!!!スマイル!!!ここは男らしく、」
「じゃーんけーん、」
「「ぽん!!!」」

「よっしゃああああっ!!!」
「ああ〜!!!」
 にぎやかに帰り支度を済ませ、(戦利品のフィギュアを持って)サイバーはマコトの元へ駆け寄った。 スマイルはベンチの背に、お行儀悪く腰掛けていた。



 「…あれ、スマイルちゃん帰らないの?」
「ヒッヒ、僕はまだここにいるんだなぁ。」
「寒いよ?暗いし。アシ無いならバイクで送ろうか?」
いつも弟が世話になってるし、とマコトは付け足した。
「ありがたいけど遠慮しとくよ。もう夕飯なんデショ?」
どうやら透明人間はバイクが怖いらしい。 一人残るスマイルに、公園の出口で、立ち去りがたくて兄弟は足を踏み出せずにいた。

「くっ…スマイルこれ貸してやるよ!!!!」
 ズカズカと、サイバーがベンチに戻る。先ほど勝ち取ったシークレットモデルを透明人間の手に押し付ける。 ぽかん、と意外そうに目をぱちくりさせて、スマイルはそれを受け取った。 俺にはお迎えが来たけどスマイルは一人で帰らなきゃならないみたいだから。 サイバーがそう言おうとした瞬間に、スマイルの口がにやりと歪んだ。

「スマイルーーー!!!!」

「ヒッヒッヒ、どうやら僕にもお迎えが来たみたい★」
「へ?」

「いた!!ユーリ、いたッス!!あそこ!!!公園にいるッス!!」
「判っている何度も吠えるなうるさい。」
頭上から、声が降る。

 次の瞬間には大型の犬、否、大型の狼がストンと地面に降り立って、それが深緑の髪、長身の、馴染みの狼男の姿になった。
「やっと見つけたッス、スマイル!!!仕事サボって何してんスかーーー!!!」
「だって今日発売のギャンブラーラムネのオマケフィギュアがねぇ、」
「アッシュその馬鹿をそれ以上喋らせるな早くしろ。」
「はいッス!!ホラ行くッスよ!!収録までもう時間あんまり無いんスからね!!ゴミは捨てるッス!!ラムネ入ってた箱もそこに放置しちゃ駄目ッスよ!!」
「おー怖。はいはーい。」
「はいは一回!!!」
 頭上でぷわぷわと浮いているままの、黒いコートの吸血鬼。 てきぱきと指示(むしろお母さんの小言に近いものだったが)を出す狼男。 突如降って来たメルヘン値の常識に対応できずに、固まっていたマコトがようやく声を出した。
「アッシュ君…。」
「はっ!!サイバー君、マコっちゃん、KKさん、こんばんはッス!!」
「慌しくて申し訳ないが、もう行かねばならん。談笑は、またの機会にな。行くぞアッシュ!!」
「はいッス!!」
とんとん、と軽くベンチを踏み台にして、跳んだ狼は吸血鬼の腕の中に収まった。
ぐわし!!という乱暴な音を立てて透明人間の服が掴まれる。
「きゃ〜強引〜v」
ふわふわ、と重力を無視した3人組は空へ。

 「またね〜サイバー。」
ひらひらと、スマイルが手を振った。
「おう!!またなー!!!」
サイバーは、空へ向けて大きな声で答えた。
「マコっちゃん、KKさん、また近いうちに!!」
狼が喋った。
「うん、またね〜!!」
マコトも負けずに答えた。
「慌しくてスマンな。」
ユーリはちらりと視線を走らせて、KKは無言で手を上げた。

 おざなりだが気の知れた挨拶を済ますと、本当に慌ただしく、妖怪3人組は空へ消えて行く。 空はすっかり紺色で、地平線近くで雲が白く浮き上がっていた。 あのままメルヘン王国まで飛んで帰ったらスマイルの首がつるのでは、とマコトは思った。

 「帰ろう、サイバー。」
「おぅっ!」
サイバーは再び兄達の元へ駆け寄った。
「ってヒゲは来んなっ!!」
「ッテメ!!ヒーローが善良な市民に跳び蹴りするのかっ!?」
「オッサンぜってー善良じゃねぇし!!」
「当たってるだけに兄ちゃん何にも言えないよ…」
「(マコト後で覚えてろよ)…お、こんな所にチョコレートが。」
「わーい。」
「ええっ!?サイバー、怪しい人からお菓子貰っちゃ駄目だよ!?」
「ちょ、マコトそりゃねえだろオイ!!!」

 他愛の無い会話にサイバーが笑う。 他愛の無いことがとても嬉しくて、サイバーはとても気分が良かった。 兄とKKの腕に絡み付いて、やっぱりサイバーは笑っていた。
 迎えが来てくれたから、隠れて見えなくなっていたものも、恐くはなくなった。そんな気がした。








裏日記に書いてたやつ。
登場人物が増えると大変です。というか長い…長いよ…!!
050118

Textに戻る

Topに戻る