真夜中、ダイニングで奇妙な物音がしたので覗いてみると小さく灯りがもれていて、 大学生になってからはとんと顔を合わさなくなった姉がダイニングチェアに座っていた。 一体いつ帰って来たのか、一応おかえり、と声をかけておかないとシカトがばれた時アンタ最近生意気云々と言い掛かりをつけられる。 と、ハヤトは口を「お」の形にしてまさに息を通して声を出そうとした、その時ギクリと気付いてしまった。 姉が目に涙をいっぱいためて、必死に何かを齧っていることに。
 あれはきっとそう、まぎれもなくチョコレートで。厚さ約1p程、スタンダードすぎるお約束なハート型の。
 本格的にモデル業に取り組むようになってから夜10時を過ぎたら水以外のものは決して口にしなかった姉が、 大粒の涙を堪えながら真夜中に、チョコレートを齧っていた。今日の日付を考慮すればそれの正体も目的もすぐに予想がつく。 肘をついたダイニングテーブルの上にピンクのリボンがちらりと見えて、淡い色の包装紙が散らかっていた。
 幼い頃から自分の上に君臨していた身内だったせいで、いくら売れっ子現役女子大生モデルだのと世間様からさんざん持て囃されようが、 ハヤトは姉を綺麗だとか魅力的だとか賛辞の言葉で評したことは一度もなかった。 だけれどぱきりと乾いた音をたててチョコレートが割れるのと同時に彼女の目から零れた涙は、素直にとても美しいと思った。







◇◇◇
姉弟だからいつも人間じゃないとか思っていたあの人も、ただの女だったと知る瞬間。
そんなミサキ姉ちゃんのチョコを受け取らなかった相手はDTOだとか。
ハヤトとミサキは美男美女姉弟だったらこんな感じがいいなぁというお話。
070220
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