「お前さんよぉ…」
「あんだよ。」
 アルコールの匂いが充満した部屋で、ソファにずるりと背中を預けた姿勢のまま、MZDは呼びかけた。 あえてKKの方を見たりはしない。代わりに仰いだ天井が、ぐにゃりとゆがむ。今夜はいささか飲みすぎた。
「恥っずかしーつの、今更、」
「うへへ」
「いい年こいて、ノロケてんじゃねー!たこ!ヒゲ!」
「んだ、そりゃ。嫉妬か?」

 受け取ったばかりの楽譜の、意外なほど綺麗な字で書かれた歌詞を目で追う。別に恋の歌ではないが。
「これ、マジでお前の歌?マコトが行く前に代わりに書いて行ったとかじゃなくて?」
 もちろん、本気で疑っているはずはなく、駄目出しをしている訳でもない。ただ、意外すぎるのだ。
 これが元々この男に、存在していた心だということは、最初に雑踏をも拾ったその音楽を、 リズムに乗りながら掃除するその姿を、ニヒルに笑うにその唇を、知った時から分かっていたことだ。 もう、随分昔の、出会いの日から。だが。

「んな、素直な奴だったっけぇ…?」
 誰の影響でしょうね。MZDはもはや語りかけるというよりは、ひとりごちるように呟いた。 テーブルの向こう側でKKが、グラスを横に置いて灰皿を手繰り寄せる。 煙たいから吸わないで欲しい。けど、合間にヤニでも挟まなければ、 これ以上アルコールを摂取するのは、お互い身体に悪すぎる。
 コトン、という音をたててKKが手繰り寄せた灰皿を持ち上げた。 ソファの端っこに寄って窓を開ける。 カラカラ…という音を立てて窓が開くと、清潔な空気がアルコールで淀んだ室内になだれこむ。 MZDは目を閉じて深呼吸をした。気がつけばもう明け方で、カーテンの向こうは青くぼんやりと光っている。 何だか急に眠気が襲ってきた。

「誕生日さ、祝ってやれなかったんだ。」
「…へ?」
 この男が自宅で煙草を吸う時ですら、窓をきちんと開けて煙を外に逃がすようになったのは、ここ数年のことである。 すっかり訓練されてしまったのは、ひとえにMZDと、彼の愛してやまない友人のたゆまぬ努力という名の小言の所為だ。
 その友人は今、海の向こうで仕事をしている。

「4月6日のさ、朝早くにマコトから着信があって、」
「うん。」
「『俺今日誕生日だよ祝って!』って……あいつ時差忘れてんの。」
愛おしそうに小さく笑うKKを、MZDはただ見つめた。静かに聞いてやった方が、この男は本音を明かしてくれる。
「ショーの仕事終わった後、かけてきたみたいでよ、『間に合ってよかったー』とか言ってさ、いや間に合ってねーっつの。」
「…突っ込まなかっただろーう?ミスター。」
「あぁ。すっげー幸せそうな声出してたし、国際電話だし。でも俺にとっては、5日じゃねーからな。何ていうか…」
言葉尻を弱めてKKは煙草を銜えた。親切な神は気持ちを察して言葉を継いだ。
「寂しかった訳ね、ハイハイ。」

 さすがにニヤニヤと、口元が笑うのを我慢できず、MZDは喉の奥でもくっくっと笑った。
「そーかそーか!おま、お前も、人並みに寂しいとか思うんだな!つか!時差って!んなことでスネんなよ!」
「…………。」
「どんだけ離れてんだっけ。」
「8時間。」
「ふーん。」
 地球まるごと抱えられる立場からすると、そういう時差というものの存在を知ってはいるが、 実際にそのちっぽけな距離が、どういう影響を及ぼすのかを理解することは出来ない。 神はそっけなく相槌を打った。

「じゃーさ、8時間後にマコっちゃんもここを通る訳だ。な?」
「あ?」
「だーかーら、ニッポンは東だろ?太陽は東から昇るから、ここが一番早起きってことだ。」
「そーだが。」
「ふーん。」
やはり興味を持てずに、MZDはソファに足を投げ出した。眠気がピークに達しようとしている。

「寒ぃ、けーちゃん、窓…閉めて。」
眠りに落ちそうなMZDの声に、KKは煙草を灰皿に押し付けた。立ち上がって、窓に手をかける。

「…………。」
「…………?」

 窓を閉めるカラカラ…という音が聞こえなくて、重いまぶたを細く開けてKKを見上げた。 KKはまだ窓の傍に立っている。
 す、っと腕が動く。静かに手の平を自分の唇に当てた後、チュッと音をたててキスを投げた。窓の外に。

「???」

 訳がわからないMZDを他所に、カラカラ…と、開けた時と同じ音をたてて窓が閉められる。 カチャン、鍵をかけてKKはふりかえる。 何事もなかったかのようなすました顔が、気に食わなくて、ソファの横を通り過ぎようとしたズボンを引っ張った。

「何だよー今のー?朝日に投げキッス?」
「ああ。」
「なんで?おまじないかなんか?」
「ハ、てめーが言ったんだろ?」
「え」

「8時間後にマコトがここを通るって。」




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甘!
むったんにマコトのカードをもらいましてん。誕生日が4月5日だそうで。
でも今度海外のイベントに参加するとか書いてあったので、ポプ20リリース時期に、日本にいないという設定です。
ちなみに行き先はパリです。
で、
20KKさんのポジティブな歌詞ですよ!
マコトの影響を受けたってことでファイナルアンサーですよ!
きっとMZDは嬉しくて仕方ないにちがいない。
長年やきもきしながら見守ってきた悪友が、開き直って前向きになれたということで!!!(妄想です)
12.05.11

 

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