「38.4゜ぅ!?」
「はいッス。」

 メルヘンランドの北の果て、そびえ建つ不気味な古城から、そぐわぬ頓狂な声が響く。 午後遅目のティータイム、万年百鬼夜行なユーリ城の本日のゲストは人間だった。 テーブルの下でスラリとした足を組んで紅茶を啜るのは、 スマイルと一緒にメルヘンランドで開催されたショーを観に行った弟の送迎に来た定休日のカリスマ美容師だった。
「高いとは思ってたけどさー、数字にするとびっくりするねぇ。俺らだっら高熱だよ。」
「獣化するともう少し高いだろう。」
横からお茶請けであるクッキーをつまみながら吸血鬼が言う。カリッという心地良い音と共に香ばしさの広がるアーモンドクッキー。
「え、ホント、」
「あ、ハイ。そーッスねー。」
「感じてみたいっ!ねぇ、今できる?」
身を乗り出したマコトはやる気満々にアッシュの手を取った。 向かい合う二人の真ん中の席に座るユーリが目の前のそれを見て片眉をあげたのにも気付かず、 仕方ないッスねーと言いながらおもむろに席を立った狼男が、獣姿に変わるまで一瞬だった。 月齢も十を越えると変身も不自由なくできる。

「わーホントだー!あったかーいやわらかーい!ふわふわだねアッシュー!」
抱き締められた瞬間に、友の真の狙いは体温を体感することではなかったのかと悟った狼は、
「抜け毛の季節なんで毛ぇつくッスよ!」
焦って抗議するも、
「アッシュ君俺の職業忘れてんの?」
一蹴され強制的グルーミングに耐えねばならなくなった。 カリスマ美容師のテクニックなのか、撫でられて気持ち良くない訳ではないが、如何せん扱いが全くもって犬に対するそれで。 駄目押しの一言が、
「あーやっぱ俺も犬飼いたいなぁ。」
「俺は犬じゃねえッス!!!」
「止めておいた方がいい、店だけでなく家中毛だらけになってウンザリだぞ。」
「俺自分でちゃんと掃除してるからいいじゃねッスか!!」

 見かねたのか嫉妬心か気紛れか、獣をユーリが手招きする。
「人間の平熱はどれくらいなのだ?」
助かった、とばかりにアッシュは主人の膝の上へ。
「う〜ん…個人差あると思うけど、大体36.2゜くらいじゃないかなぁ。俺はもちょっと高くて36.4゜とか。KKなんて、」
唯一のろけを吐き出せて恋愛の愚痴も何もかもを相談できる相手が居た所為で、ついうっかり出た名前の後マコトはほんの僅かに言葉をつまらせて、
「体温いつも低くて手とか冷たいんだよー……」
と、続いた。その僅かな隙はつつかないで聞き流す。親切な友人達。
「へー、ユーリとどっちが低いッスかねぇ?」
「そりゃユーリちゃんでしょ…、」
「いくら人間離れしてるとはいえ奴も人間だしな。」
言いつつユーリは膝の上の獣を撫でくりまわしていた。迷惑そうだが逆らえないアッシュもそれなりに気持ち良さそうで、
「大体ユーリちゃんは何度くらいなの?平熱、」
そう見えなくもない二人のいちゃつきっぷりを気にしつつ、マコトは聞いた。
「さぁな、測ったことがないので判らんな。」
と、言ったユーリもアッシュが必要以上にすり寄ってくることに若干眉をひそめ、撫でていた手を適当に背中においた。ぽふん、と柔らかい感触。

「35.0゜くらいかねぇ、あ、」
 空気を読み損ねた駄犬が次の瞬間、ベロン、と主人の顔を舐めたので膝に乗せていた体を突き飛ばされて踏み潰された。 マコトが人型だったらこれはえらいことだなぁと想像して一人頬を赤らめた時には、 憤慨した吸血鬼は部屋を飛び出してしまっていて結局、体温の差は体感できずに終わった。 だがこの一件で何となく、二人の間の温度差をマコトは理解してしまった。





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「35℃を〜」の前のお話。upするタイミングを計り損ねてここに。



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