向こうが月に一度しかない連休だろうが、何でも屋プラス掃除屋稼業に決まった休みなど無いに等しく、 Mr.KKはその週の火曜日、身も心もくたびれて深夜に帰って来ると何も食べず泥のように眠りについた。 水曜日はどんよりとした頭と体に反して、微かに胃の痛くなるほどの空腹によって間抜けな目覚めを迎え、 冷蔵庫にあったものを適当に鍋にぶちこんでインスタントラーメンと一緒に煮込んで喰らった。 時間も無かったのでいつもはすぐに片す丼と鍋を、水を張った状態でシンクに放置して出かけると、 午後に帰った時には仁王立ちのマコトが迎えてくれた。鍋と丼は綺麗に洗われご丁寧に布巾まで被せてあった。 確かに玄関を出る時頭の隅に、合鍵を預けられて先に来るであろう彼が洗い物をしておいてくれると助かるとか考えなかった訳でもないが、 別に頼んだ訳でも強制した覚えもないので、彼が怒っている原因は別のところにあるようだ。

「K〜っ俺はとっても怒ってるんだけど、」
と、マコトがストレートに怒ってますということをアピールしている場合は、事態はまだそう深刻なレベルに達していない。 単にストレスや不満のはけ口を与えてやれば、つまり、熱心に右から左に聞き流せばいいのだ。 もっとも対処を誤ると拗れて、余計手がつけられない程怒りが爆発することもあるので注意が必要だったが。 それでも今回のパターンと逆の、石のように静かに黙って怒っていられる方が余程怖いし深刻な事態なので、 それに比べればずっとマシだとKKは思っていた。だから今回のこの話は、とてもくだらないことが原因なのだ。

「待て待て、靴くらい脱がせて。」
「俺は怒ってんだぞ馬鹿Kっ!」
 最近富に、ちゃんと「KK」と呼ばれる回数が少なくなったなぁ…親密度と呼称の長さってやっぱり反比例するもんなのだろうか。 等と別へ飛んで行きそうになる面倒くさがりの思考回路を叩き起こして聞く。
「ハイハイ何でございましょ。何かご不満な点でも、」
「大アリだっ自分の胸に手ぇ当てて聞いてみろ、こーのーヒゲ親父!」
その悪態もいい加減聞き飽きたのでそろそろ別のネタを考えたらどうだと思いつつKKは胸に手を当てる。
「……言っとくがもう石鹸で髪洗ってねぇぞ。」
「〜〜っそれは当たり前だ!やめて!マジで、痛むからっ…て、そうじゃない!」
 他に何があったかなぁ、メイの奴とは最近会ってねえし、 マコトのいない間に弟と内緒で食ってしまったモロゾフのチーズケーキのことかなぁ、それともジジイあたりから何か聞いたか…、
「本当に心当たりは無いのか、」
「あるっちゃあるが一応無実を主張する。」
「あんた……昨日の昼飯覚えてる?」
「チャーハンと、ほうれん草と肉団子のスープ。」
「…チャーハンはあんたが余り物で作ってくれたんだよな、旨かったご馳走様でしたっ、」
「はぁ、それは何よりお粗末様でした。」
「スープは俺作ったよな、具材半端に余りそうだったからちょっと多めに作ったよな、 ラップかけて冷蔵庫にしまって帰ったんだよな、そん時俺何て言った?」
「…………。」

 そうだ、2日続けてマコトがウチにいるなんて滅多に無いから多く作って余らせたんだ。 明日の昼過ぎに来いと言って一旦帰らせて、その後人を一人撃ち殺しただなんて何て温度差のある事実だろう、 このぷりぷり怒っているマコトを前にして。 昨夜のことを思い出そうとすると、浮かぶのは暗闇に紅い華を散らして倒れるスコープ越しの標的の姿。 空気の抜ける音と手にかかる震動、一瞬後に吐く自分の息。

「「明日パスタにするから食うな」って言ったと思うんだけど?」
昨夜から今朝へかけての暗い記憶のその前に、そう言えばそんなことを言われた気がするのでとりあえず頷く。

「……ラーメンぶち込んで食っただろう、あのスープ。」

 今朝のラーメン、冷蔵庫のものを適当に詰めたにしては、そういえばとても豪華だった気がする。 卵と乾燥ワカメと適当に切った人参とは明らかに違う、いかにも汁がジューシーな肉団子と、 旨そうなほうれん草が乗っていたことを見事な湯気付きの映像で思い出す。
「…………。」
 その記憶にようやく完全に思い当たってしまって、正面から睨みつけてくるマコトの視線から自分のそれを左斜め上にずらす。
「だ〜〜も〜〜っ!!俺が、一番許せないのは朝っぱらからラーメン食ってることだよ! しかも特製鶏がらスープだったのに、今この家にあるインスタント麺って言ったら味噌じゃん! 合わないじゃんどう考えても!しかも皿洗ってないし!何でもラーメンにすりゃいいと思ってこのラーメンオタク! 鍋くらい片付けろ馬鹿、阿呆!」
 そんだけ文句連ねて結局どれが「一番」なんだよ。Mr.KKはついに笑って認めてしまった。
「ゴメンナサイ。」
笑って、くだらない方の記憶と現実を選んでしまった。目の前でそれはイキイキとご立腹中のマコトと、その平穏な日常とを。
「ごめんで済むか!俺あのスープでパスタ食べるの楽しみにしてたんだぞっ、言っとくけど食い物の怨みは恐いんだからなっ、」
そりゃ食い物の怨みは恐いだろうが、昨夜殺された奴の怨みの方が強いに決まっていると判っていつつ選んでしまった。 だってあまりに馬鹿馬鹿しくて、好ましい現実だったから。

「あー…マコト、な。」
「何だよっ」
「あの肉団子、すげえ旨かった。」
「そんなんで誤魔化されないからな!」



ギャグなんだかシリアスなんだか;。



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