銀の指輪が静かに光る、月明かり。 珍しく寄り添うように絡めていた手を解かれ、 差し出されて初めて反対側の手の親指に填まったそれに気が付いた自分はやはり、相当抜けているのだろう。 「ユーリ、その指輪俺の…」 差し出された手を差し出されるままに取りながら問うと、 「何だ、今頃気付いたのか。」 手を差し出した方は悪びれもせず答えた。 何だか俺の中指にいた時より指輪の奴、ずっと誇らしげな色をしている。 「ネコババッスか。」 「犬にしてはいいセンスだったのでな。気に入りだったか?」 「いえ。……似合ってるッス、とても。」 「だろう。貴様には、そうだな…、ピアスでもくれてやる。金の。」 確かに狼男の褐色の肌には銀より金がよく似合った。 それを知っていながら珍しくアッシュがシルバーアクセなぞに手を出したのには理由があった。 それは思い付きにも似た考えで、常にそんな古めかしい事を考えている訳ではなく単に指輪に添えられた、 店員手書きの売り文句の文字に踊らされただけだったのだが。 そう、古来から彼の種族を打ち抜くのは銀の弾丸で。銀には、魔除けの力があると。 勿論ここ数百年程仲間が銀弾に撃たれたなんて聞いたこともないし、 そもそも、自分が銀以外の弾では死なないのかと言われれば試したこともないし全く自信が無いのだが。 月夜の銀の明かりは木々も地も石も全てを淡くきらめかせいて、 勿論アッシュの思い付きを知ってか知らずかユーリの指に填まってしまった指輪も。 その纏った光も含めて、白皙にとてもよく似合った。 「ところでこの手は、」 「踊ろうと思って。」 月夜の散歩、その終着点に相応しく。開けた大地は森の湖のほとり。 遠く遠く、小妖精の奏でる音楽が風に流れて途切れながら聞こえていた。今宵は宴でもしているのか。 「そのつもりならこれじゃ駄目ッス。」 向きはこうでしょう、と取られた手を上向きに引っ繰り返す。 意図を読んだ吸血鬼は、身長差から導きだすと最終的に辿り着くその役割に眉を上げて見せる。 「貴様に大したリードができるとは思えんがな。」 主の声に森の木々は騒つくのを止め、遠く聞こえる音楽を届ける。 空の雲までが気をきかせて去ってしまい今や月明かりがさざめいて広がる。そんな湖のほとりで。 「一曲だけだ。」 「はいッス。」 手に取った相手の四本の指を親指の腹で一度愛おしそうになでてから、 軽く手を持ち上げて会釈するとユーリが落ち着いた微笑を返した。 程よく緊張しながらゆっくりと腰に手をまわし寄り添って、 待っていたかのように始まったスローワルツのステップは滑るように踏み出された。 基本に忠実にというよりそれ以外を知らない狼男は慣れないスローテンポに適当に足を合わせ、 ダンスというのは本当に、公然と寄り添えるようにできているんだよなぁ… などと思いむしろ踊るよりそちらに集中していて。 危なげない程度にリードすれば、楽しげにユーリは踊る。 二人ゆっくり揺れながら順調に進んだステップがつまづいたのは一度、吸血鬼の方からで。 「と、すまん。…やはり相手役というのは難しいな。」 それ以外は全く、言葉を交わす事もなく静寂そのもので。 月明かりの下踊るワルツは何処か野生じみていて秘密の儀式のようだった。 一曲終わってみればその晩中思い出すのには充分な程、寄り添った分のぬくもりと相手の感触と、 触れ合った時の匂いが互いの体に残っていた。 数日後、城の自室に本当に金のピアスが転がっていて、アッシュは人知れず喜びを噛み締めた。 敏感すぎて持て余す彼の耳、左片方に落ち着いたそれを、 アッシュは密かに特別な事情が無い限り外すまいと誓いをたてて今でもそれを守っている。 Shall we dance ? 07.03.17 Textに戻る |