ふ、とユーリの口から悩ましげなため息が洩れる。
ドラムス兼炊き出し担当の筈がいつのまにやらユーリ城の家事全般をやらされている、
そんな一見お人好しな家政婦犬が、敏感に聞き咎めて声をかけた。
「あの…お口に合わなかったッスか?」
「ん?」
彼の前に置かれた皿の中で、3分の1程残ったシーフードピラフが熱を失おうとしていた。
先日ついに梅雨入り宣言を受けたメルヘン王国の蒸し暑さに負けぬよう、さっぱりと味つけたスープは前回好評だった筈だが未だ手付かず。
新作のドレッシングを試したサラダ、ミニトマトのみが摘み取られ、濃い緑色のヘタがサニーレタスの上で不器用に並んでいる。
ここのところリーダーの食欲が低下しているようだ。
それは健康管理を任されているメンバーとして、そして最も彼に近しく、彼を慕う者として、由々しき事態だった。
「あんま進んでねぇみたいッスから…。」
「いつも通り、美味しい。」
「そうッスか。」
「…と、思うのだが。」
ああ、やはりどこかで何か自分は間違いを犯していて、ここ数日もの間それに気付いてないのだ。
アッシュは脳内で慌てて彼の食欲が無くなった頃の記憶を引っかきまわしたが、
どれもこれも何気なく過ぎてゆく断片に過ぎずいざ明確に有益な情報となると、とんと役に立たない。
愚鈍だの直情だの実直だのということはどうでもよくて元から自分にはそれらを切り離す頭の構造は無いのだ、
いっそ聞いてすっきりさせた方が問題も早く解決して余程有益だろう、そう思って再び口を開いた。
「あの、ユーリここんとこ、体調悪かったりします?」
「さぁな。」
「食欲無いッスよね…。」
「そうか?……そうなのか。そうらしいな。」
自分のことでしょうそれは、と犬は瞼を瞬かせて困ったように首を傾げて問うた。
ユーリはついにスプーンを放棄すると、肘をテーブルについて凡そ食卓には不向きな薔薇色だかに着色されたため息をついた。
長い睫毛で縁取った思わせぶりな視線を目の前の燭台に注ぎながら何処か遠くを見つめて言った。
「…どうにも、胸がいっぱいなのだ。」
薄い色の唇と牙ばかりが目立つ歯列が自分の作った料理を次々と咀嚼していく様が。
掬った食物を噛み切り磨り潰し、細く白い喉を鳴らして飲下してゆく様が。
そしてその後の表情、言葉、まばたきのひとつ、ありとあらゆる変化の全てが、どれだけ自分を振るわせるか。
その悦びを得ようという欲求は、どれだけの食事を作っても作っても、果てることが無いようで、
瞬間満たされたとていつまで経っても枯渇する気配を見せない。
自分は料理人に向いてると心の底からアッシュは思っていた。
「あのねーユーリ、それにアッシュ君?」
心配そうなアッシュと悩ましげなユーリを眺めていたスマイルが、ついに口を開く。
「胸がいっぱいなのは当たり前サ。何たってアッシュの料理は美味しいからね。これって恋デショ?」
ユーリが数日前大量に間食用の駄菓子を買い込んでアッシュに気付かれないような秘密の場所へ、
敏感犬鼻対策に薔薇の香水を使ってまで厳重に隠し持っていてそれを夕飯前に食べ過ぎていることを知っていながら、
スマイルはそんなことをのたまった。
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君への想いは君でも誰でも喰い尽くすことはできない。
こんがらがった思考に囚われた午前3時の練成物。早く寝ようよ自分。
05.06.13.
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