※注意! マコトが乙女です。キモいです。KKも甘いです。文章も何だか古いです。それでもいいという方のみどうぞ。俺は注意したからなっ。








「無いっ!」

ヘアサロンのスタッフルームに木霊する叫び声。
空っぽの俺の鞄は、今年も今日という日が、平和に過ぎてくれそうにないことを表していた。
今日はバレンタイン。一年で最も憂鬱な日。


■■チョコレート戦争

 それはまるで乙女達の呪いのようである。お菓子業界のバレンタイン戦略は俺にとって陰謀でしかない。 毎年毎年、被害(=チョコレートの数)は増加の傾向にありますご注意下さい。 来年こそ一歩も外には出るまいと、思い始めて早何年だろうか? この状態をひがむ、チョコを一個も貰えない友人達には申し訳ないが、俺だって彼らが羨ましい。とっても。
 俺がカリスマ美容師である限り、この日に安息が訪れることはないのだろう。 そもそも学生の頃だってそれはそれは大変で…。まずチョコを持って帰るのが大変だし、教師には怒られ、不良にはからまれ…etc。 美容師になってからは両親に、店のためだマコト!頑張れ!なんてすっかり応援されているし…。 通行人の邪魔にもなるし、この日ばかりはサイバーも、兄貴の馬鹿っ!の一点張りだし…(兄ちゃん悲しい)。 こんな感じで被害は拡大していく一方だ。
 そりゃぁ、好いてくれるのは多少嬉しい。チョコレートが特別に嫌いな訳でもない。 俺だって乙女心の持ち主だ、好きな人にチョコを贈るこの日がどんなにドキドキするイベントかってことくらい判っているつもり。 でもさ、限度ってものがあると思わない?それに…あの娘達は、俺を見て何を想うんだろう。あの、仕事中の俺をさ。
 前にアッシュ君が言っていたっけ。笑顔ひとつで人を惹き付けるのは、誰にでもできる訳じゃない、凄いことだって。 …でもそれは、その笑顔が本物の場合だけ、だと俺は思う。 キャーキャー騒がれて、ただの笑顔を振りまく俺は、まるで、道化のようじゃないか。

「無いなぁ…。」
 今年の被害はこれだ。まぁ、何と言うか、俺も乙女心の持ち主として、好きな人にはチョコをあげたい、なんて思ってしまった訳で。 もちろん相手が甘党だとか、まあ、何となくバレンタインデーに興味を持ってるようだとか、そんなことは前から調査済みだった。 もー仕方ないなKKってばチョコ期待してるのバレバレだぜ、判った手作りは無理かも知れないが、何か考えましょうこのマコトさんが! …なーんて。
 今年は俺もチョコレートを購入する側に立って、あの不精ヒゲで煙草臭い青いつなぎの清掃員を喜ばせてあげようと、 準備していた次第であります。
 しかし。しかしだ。駄菓子菓子(なんて駄洒落ている場合ではない)。
 いつ会えるか、そもそも今日中にチョコを渡せるのかどうかも判らなかったので、俺は鞄にKK用のチョコをしのばせて出勤した。 朝昼夕方とお客さんの対応に追われて、閉店時間の頃には既に店の前に女の子の人だかり。 実は今日は開店時間から今に至るまで、休憩らしいものを取れなかったので、スタッフルームに置いたままの鞄の中に、 いつからそのチョコが無かったかなんて、判るはずもないんだ。
 朝はちゃんと鞄の中にあったはずのチョコが、無い。
 時刻は既に午後八時前。随分探したけれどチョコは見つからないまま、女の子の群れの中心で、やるせなさをかみ殺す。 心中半ばヤケクソで、自動的に気障な言葉を並べ立てる口と、板に付いたカリスマスマイルは、とても自分の一部だと思えない。

ああくそ。会いたい。
会いたいよKK。

でも今日の俺は、アンタに渡すはずだったチョコを無くしてしまって、どんな顔して会えばいいやらちょっと判らない状態だ。

■■

 赤×茶色の商店街の飾りに、ピンクのハートをやたらと目にした。 すれ違う女子高生が持っているものが、チョコらしき包みだった。 ケータイで話している内容まで、チョコレートに関する話らしい。 不必要な情報まで拾ってしまう良い耳を塞ぐため、ヘッドフォンを装着して道を歩く。

 今日の俺は機嫌が良い。
 近年、日本の二月十四日には、女が好きな男にチョコレートを贈る習慣があるらしい。 それが高じてお得意さんや上司に贈る義理チョコなんてのも出回っている。 学生は浮かれ騒ぎ、チョコの数を競う男共もちらほらいる。 伝統性は無いがまぁ、一般的な日本の年中行事。それがバレンタインデーに対する俺の認識全てだった。
 貰い物は全て破棄が基本だが、調べて問題が無ければ頂いても支障は無いだろう。 加えてあのクソ神に関している奴らを経由しているものは、ほとんど安全と言っていい。
 以上を踏まえて、出た結論即ち。マコトの本命チョコを貰えることを、 俺が期待しても喜んでも、何ら不都合は無いという訳で(性別が間違っているだろ、とかいうツッコミを入れた奴は猫に引っかかれて来い)。
 数日前、マコトがチョコを用意してるようなことをほのめかした。 照れくさいとか、いい年した野郎が、とか、というか俺達こんなに馬鹿みたいでいいのか、とか。 色々考えるところはあるんだが…マコトは何か寄越す時は薄給なりに、考えてくれるから絶対良いもん食えるし、 俺ぁチョコ、嫌いじゃねーしな。
 とにかく悪い気はしない。今日の俺は機嫌が良かった。
 ムラサキとメイとハニーと、道端で出くわしたベル、リエっこ、さなえ。今年は義理チョコも豊富だ。
 重ねて言うが、今日の俺は機嫌が良かった。
 だから美容院までわざわざ出迎えに行った時、人の顔を見た途端マコトが叫び出した時には、不覚にも驚いた。

時刻は午後十時半。
ようやく最後の女の子が帰って、両手に貰い物のチョコではち切れそうな紙袋をぶら下げて、 店の裏手で疲れた顔して立っていたマコトに声をかけた。

「っ!!今日は会えないから帰れ馬鹿!!もー疲れたし!!」

 声をかけた途端、というか俺に気付いた瞬間に、全力で店のドアへ駆け出すマコト。
「……は?お、おい、待てよ!」
あまりに予想外な反応に、俺の対応は一瞬遅れて、手を伸ばした時にはマコトの身体はドアの向こうに隠れていた。 完全に閉まる前に足だけ滑り込ませてドアに挟む。ガツッと、硬い音がした。それなりに痛かった。
「チョコなら無いから帰れ!」
「おいコラ、何隠れてんだお前ぇは。つーかまだ何も言ってねーだろが!」
「うるさいな!どーせ俺は、チョコを失くした愚か者ですよ!何とでも言え!いいから帰れ!バレンタインなんか嫌いだ畜生っ!!」
うわあああぁん、という雄たけびが店の奥から聞こえて来る。
「落ち着けってとりあえず!マコト!マコト〜っ?」

 挟んだ足を使ってドアを無理矢理こじ開けると、中はどうやら店のスタッフルームらしかった。 何とかその部屋に身体をねじ込む。数歩先のところでマコトは背中を向けてうなだれていた。相当くたびれているらしかった。

■■

「…そういう訳でチョコは無いんだ。店は全部探したし、さっきパルに言って家も探してもらったんだけど。」
 マグカップに自分で淹れたコーヒーを飲みながら、マコトが俯く。 スタッフルームの椅子に座って、不機嫌な顔を長い前髪で隠していた。 声が低くなって眉間に皺が寄っているのは、パニック状態を俺に見られてバツが悪ぃからなんだろう。 何にせよ、落ち着きを取り戻してくれてよかったと、思いながら俺は壁に寄りかかった。
「…まぁ、仕方ねぇだろ。気にすんな。つーか本当に用意してくれてたんだな、チョコ。」
慰めの言葉、当たり障りのないやつを。告げるとしばし沈黙が流れた。

「………ごめんね、KK。」
「あん?」
「だって楽しみにしてたでしょアンタ、秘かに。」
「そーでもねぇよ。」
「滅多に店まで来たりしない癖に。…せっかくKが浮かれて来てくれたのに。」
「……そんなに浮かれてたか、俺。」
「………ごめん。」
「ん。いい。気持ちだけ貰っといてやるから。」
手を伸ばして髪をなでてやる。マコトはコーヒーを飲み干して、優しいねKKは、と言った。 チョコを貰えなかった悲しさより、受け取ってやれたら良かったなぁ、と思う気持ちの方が強かった。

マコトは大きく伸びをして、
「…Kにあげるチョコ、俺も食いたかったのに。あーあ!バレンタインに良い思い出作れる日って来ないのかなー俺には。」
と、おどけてみせた。
「一緒に食う気だったのかよ。」
俺が聞くと、部屋の片付けをしながらマコトが答える。
「あーメルヘンランドに新しく出来たお店の限定物でね。アッシュ君に頼んで手に入れて貰った奴なんだー。 だからちょっと食べてみたくてさ。一日十個しか作られない、超レアものだったのに。 青い包装紙にピンクのリボンかかっててさー、アンタのツナギの色とお揃いだったんだよ。」
「へぇ〜そりゃ、」
食べてみたかったな、と言おうとして何か引っかかった。

 青い包装紙にピンクのリボン…。
記憶回路のかなり新しい引き出しに、同じような情報が入っている気がした。
引き出しをひっくり返して詳細を思い出す。
記憶が映像となって脳内に蘇った。

「…………聞くが、金色の楕円形のシールが貼ってあったか?箱がコレくらいの大きさの長方形で。」
「へ?…うん、確かそんなんだけど。」
訝しげな顔でマコトがこちらを見上げる。
「ピンクのリボン?」
「そうだよ。」
「…で、限定品な訳だ。しかもメルヘンランド。」
「うん…。それが何か?」
「…見たぞ。俺、その箱。」
「え?」
「ちょい待て…。」
 思い出せ、思い出せ。そんなに古い記憶では無い筈だ。
 集中して思い出そうとすると、詳細に遡って記憶が再生されてゆく。 そうだ確か…今日すれ違った女子高生が…アレ確かそこの高校の制服だよな…何て言ってた? ケータイで話しながら道を歩いて…確か……

(…からー、朝一番に渡そうと思ったらもう鞄の中に誰かのチョコが入ってたのー。 ムカついたから思わず奪って来ちゃってー…でもよく考えてみたらかなりマズイよねー…どうすればいいと思うー?…)

「………ビンゴ。」
 不必要な情報でも拾っておいて損はない。俺はそう思いながら駆け出した。

■■

 KKが道ですれ違ったという女子高生を追いかけること一時間。
 流石の何でも屋は、その情報網を使って、学校名と外見的特長だけで人探しを成功させた。 このあたり少し恐ろしいものを感じないでもない。でも今日の俺にとっちゃそれすら奇跡みたいに感じる。 まぁ、いつでもこの男に関する限りは、一般人には理解できないことの方が多いんだけど。
 俺達は物陰から、発見した彼女を観察した。 何だか探偵みたいだなぁと思いながら、電信柱の影から確認してみると、女の子はやはり店のお客さんだった。 ちょうど自宅に帰る所だったらしき彼女を、呼び止めるのかと思って道に出て行ったKKの様子を見ていると、すれ違うだけ。
 あれ?と思ってこちらに戻ってくるKの顔を見ると、にやりと笑って、何かを俺に向って放り投げた。

「ほれ、マコ。」
「わわっ!」
ポケットに突っ込んでいた両手を出して、慌ててキャッチ。
「事情話すの面倒くせーから、スッた。」
青い包みにピンクのリボン。金色の楕円形のシールが貼られた長方形の箱。
「……手品?」
俺は間抜け面でKを見上げる。今日は変な顔ばかり見られている気がするが、それどころじゃない。 手の中にあるのは、間違いなく俺のチョコ。
「嘘だろ。」
人気の無い真夜中の路地裏で、チョコとの再会の感動に浸っていた俺の頭をKKが小突いた。
「オイ、時間ねえぞ。」
「え。」
「今。十一時五十六分ですが。」
「え!まだ間に合ってる?」
「間に合ってる。」
「………ハイ。これ、バレンタインのチョコレート。俺からKKに、愛を込めて。」
 格好つけて正面きって言い切ったら、イチイチくせーんだよお前は、と笑われた。




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05.02.20(に書いたものを時効ということでupしてみた)
一人称切り替えで読みにくかったところはスマン!これでも一生懸命直したんだ!これは原文のままじゃホント読めたものじゃなかった…;。
イベントで無料配布。超限定部数だったので、目にした人も少ないだろうということで、救済。
この時のフィルソ、今見てみたら12だって!あらまあ!次はもう20ですね。


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