だって本当に、人から物を貰うのは苦手で、形に残らないもので良かったんだ。形に残らないものが欲しかったんだ。

 待ち合わせの駅前に着いても当たり前のようにKKはいなくて、 一度小さく舌打ちして、相手を見つけては楽しそうに寄り添う人混みをざっと見回した。 居ないと判れば即、行動を次に移して呼び出したケータイからは、「只今電波の届かないところにいるか…」のアナウンス。
 ああ、アンタこれはもしかしなくとも拗ねてるね?外見に似合わず随分可愛らしいところもあるもんじゃないか。 ……探せってか、この街をこの聖なる夜に。
 上等だやってやる。
 賑わい続ける喧騒を呪いながら、 知っている限りの心当たりをピックアップして現在位置からの距離とKKのいる確率の順に、頭の中でリストを作る。 既に走り疲れていて電飾ツリーを見上げる余裕もなかった。

 今年のクリスマスは週末で、どこもかしこもありえない程の人でごった返している。 そんな土曜日の夜に、バイクを走らせる程都会に慣れてない訳もなく、もちろん移動手段は足だ。 しかも徒歩ではなく、全力疾走。
 近くのゲームセンターを3件立て続けに見てまわって、バイト先のカフェとよく行く喫茶店と、 ちょっと考えてから行きつけのラーメン屋へ。 もちろん顔馴染みの店員を片っ端から捕まえて、刑事ドラマさながら「あの男見かけませんでしたか」の聞き込み調査。 答えは揃ってノーだった。
 店を出たところでもう一度ケータイにかけてもアナウンスは同じ無機質な声を繰り返す。 待ち合わせ場所に相手がいないだけで泣きそうになるくらいなんだから、このアナウンスは心臓にあまり良くなかった。 まさか何かあった訳じゃないだろうな。
 いい加減足はだるいし、冷風を飲み込みすぎて肺は何だかひゅうひゅうと悲鳴をあげていた。 焦る気持ちに反して立ち止まれば、嫌でも目に入ってしまう人目も憚らず抱き合う恋人達、 プレゼントを見せ合うカップル、手を繋いで笑う男女、群れ騒ぐ学生グループ、家族の元へ急ぐ人、千鳥足で通り過ぎるサラリーマン達。 街全体が忙しなく、イルミネーションで縁取られた幸せをここぞとばかりに満喫していて、 そんな中で一人、息を切らせて携帯電話を握り締める俺の、形容しがたい滑稽さ。

 過去数回程しか行ったことのない怪しい清掃会社は流石に門が閉まっていて、 よく落ち合うのに使う公園はこの寒いのにお熱い人々しかいなかった。 落ち着く予定だった呑み屋に寄って、そこにもいないとなるといよいよリストの残りが少なくなって、 その項目のラストにバイクを取って帰ってKKの自宅に乗り込むことも加えておく。 何度目になるか判らない通話ボタンを押してみるも相変わらず通じない。
 都庁の展望台を降りる時にはエレベーター内に自分を除いてカップルしかいなくて、羨ましいやら恥ずかしいやら笑えてくるやら。 この頃になるともう、走りすぎて末端の神経が麻痺する代わりに適度な運動で身体はほぐれてるし、 寂しいとか不安とかどこかへ行ってしまってただ見つからなくて悔しいという感情しか残らない。 大都会隠れんぼですか。どこへ隠れたMr.KK。

「あ。」
 そうか。元からアンタは逃げるつもりで、隠れるつもりでいるんだから、多分。 俺の心当たりギリギリのところから探していくべきだったのか。
 掃除の合間によく煙草をふかしに行くという半廃墟ビルをふと思い出し、 西新宿の巨大歩道橋(というか既にあれは空中道路だ)の上から、そのビルの方角へ振り返る。 上手い具合に、決して背の高くないはずのそれが高層ビル群の向こうに顔を覗かせている。 屋上から細く立ち上る煙草の煙の幻を見たような気がして、俺はビルを視界に捉えたまま、再び走り出す。

 埃に足跡が残るような元雑居の半廃墟ビルは、エレベーターが当然壊れていて、 ラストスパートの階段ダッシュは情けなくも酷使された足腰に痛烈なダメージを与えた。 錆びた鉄の扉に手をかけた時に、かなり乱れていた息は当分収まりそうもなかった。
 ギ、と軋んだ音を立てて開くとそこはとても暗かった。 一面灰色の壁に、室外機だかの銀色の太いパイプが怪しく街の光を反射している。そんなところに。
 まず目についたのは季節外れのホタル宜しく灯っている赤い火。 そこが定位置とでも言うようにコートの後姿は端っこの壁に寄りかかって外を見ていた。 下界を見下ろしながら、煙草の煙をふぅと吐く。 近付く俺に気付いて振り向くと、煙草を揉み消しながら浮かべる、一歩間違えたら気味悪くも見えそうな何とも締まりのない笑顔。
 風に煽られるままの髪、年末年始お構いなしの無精髭、広げられた腕、

「遅ーぇよ!」

 コートがばさりと翻る。 心の底から楽しそうな勝ち誇ったその顔を殴るわけにもいかず、 力尽きるように吸い寄せられて、抱き締められるより先に抱き締めた。 乱れた息はまだ整わなくて、心臓も早鐘を打ち続けていたけど、迎えられた腕の中は予想外に暖かかった。
「…さい、あく。」
「映画みたいだったろ?」
「悪趣味。」
「褒め言葉?」
「馬っ鹿じゃないの、ホント、気付かなかったらどうしてたんだよ。」
「もう少しで迷子のお呼び出しコールでもしてやろうかと。」
 けろりとした台詞は憎たらしい以外の何物でもなくて。 きっとこれは照れ屋のアンタが、遅刻した俺の罪悪感とか無くすために用意したちょっとしたいじわるだったんだろう。 ターゲットの俺は見事作戦にハマってお陰さまで憎たらしさとか悔しさしか感じませんよ既に。 だからこそ。

「遅れてごめん。」
「なーに言ってやがる。」
「うん、まあ、でも一応、…悪かったよ。」
視界の端に映った吸殻の数を数える。同時に足元に置かれた、浮かれた色のケーキ屋の四角い箱と肉屋の袋に気がついた。 コーンポタージュの空き缶も転がっている。
「…例え、大人しく待てないアンタのことだから美容院まで来て惨状を目にして拗ねてコンビニで立ち読みでもして、 途中で予約時間過ぎたからご馳走買ってくれて何だかんだで楽しいクリスマスのお買い物をちゃっかり堪能しながら、 ここへ来て煙草ふかしてあったかいコンポタ飲みながら高見の見物キメてたとしても。」
「ははは、バレてら、流石ねマコっちゃん。」
「これ見よがしに置いてあったら判るっつーの。」
「ちなみにご馳走は、KKさんと素敵な夜を過ごせなかった可哀相なお前へのプレゼントだから。」
「は?話が、大体アンタは、」
「俺はもう貰ったし。 格好つけたがりのサイアイノヒトが、自分めがけてなりふり構わず全力疾走する様子とか、 めったに乱れない息切らして向かってくる、悔しそうな顔とか。 俺のためにあんな必死になってくれる奴ぁ、そういない。」

 そんな風に言われてきつく抱きしめられては、顔に血と熱が昇るばかりで何も言えない。 随分サディスティックなプレゼントだことと、憎まれ口を叩くことも、 馬鹿、あんな全力疾走でよければあんたの為だったらいくらでもしてやるよとも、言えず、 その気持ちだけを、KKの背にまわした手にこめた。
「拗ねるなって、ワインもあるのよ?」
「何はともあれ、」
「ん?」
「…馬鹿みたいだけど、」
「ああ。」
「会えてよかった。」
「おぅ、お疲れ。」
 笑った息が白く弾けて、すぐに風に乗って消える。いい加減抱き合ってるのも寒い。 完敗だと言うように身体を預けた。こんな時だからもう、緩やかに穏やかに流れ出した愛しさに任せて思いきり素直に甘えてしまえ。
「あーあ…ホント疲れたよ。アンタもこんな所、寒かったろ、寒がりの癖に。」
「マコト、」
「何。」
「言いたいことは以上で宜しいですか。息も整いましたか。」
「え、」
「これ以上は流石にもう待てん。」
 冷え切った唇が一瞬で溶け合う、絡みつくようなキス。 廃墟ビルの屋上で、冷たい風に吹かれながら、それでもロマンチックだと思えるのは目を閉じた俺の耳元で甘い声が囁くから。

「Merry X'mas、マコト。」








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何かKK自虐的なのにサドっぽくてすみません…;。
や、この後実は、KK宅にしけこむと(しけこむ言うな) お風呂とか先に使わせてくれてご馳走用意もしてくれて足マッサージとか、 ちゃんと甲斐甲斐しいエピソードがあったんですが…。 もちろんそのサービスは深夜まで続くんですがね!ハッハッハ!
ええ、まあ、つまりお察しの通り三部構成だったんですね、本当は。いつか追記できるといいなぁ。来年とか?(それは…;)


05.12.23


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