雪解け水 凍りついた口がなんとか紡いだ言葉は、獣耳に微かな刺激と共に届く。 いつでも彼の声には誰よりも敏感でいたいと思いながら、アッシュはそれを実行すべく手を差し伸べる。 耳まですっぽりと帽子を被り、口元のみならず鼻のあたりまで覆う毛糸のマフラーの上から、 赤い瞳と眠そうな瞼がちょろりと覗いている。 帽子からはみ出た前髪と赤い頬が、彼を普段より格段幼く見せていた。 黒のコートは華奢な彼の身体のラインを完全に隠してしまい、 重ねて着たセーターやらシャツやらのせいで丸々としたフォルムを作り出していた。 同じく黒いブーツの底に、貼る用ホッカイロを仕込んでいたのを狼男は見逃さなかった。 ああ寒いのだろうなぁ、アッシュは可愛くて愛おしい丸みを帯びた吸血鬼に手を差し伸べる。 ふやけた笑顔にその思考を読んだらしく、む、とユーリの眉間の皺が更に深くなった。 彼がコートのポケットから出した手は、これまた勿論分厚い手袋によって覆われているのであって、手を繋ぐには適していなかった。 しかし補助無しに雪の積もった斜面を降りるのは、今のユーリには無理だろう。 放っておいて転ばれても事だ。斜面の上の木の側らに立つ吸血鬼は、どうしても庇護欲をそそる対象だった。 アッシュは笑う。どうぞ、と。 ふわり、と音がしそうなほど穏やかに、ユーリは雪の地面に降り立った。 思い描いていた程自分の腕に負荷が掛からなくて、ああ何だ、羽を使ったのかと気付いた。 ましてや過って自分の胸に飛び込んで来るんじゃないかなどという妄想は、吐き出す白い息と共に消えた。 羽、もっと使えば楽じゃないッスか。アッシュが問うと、寒いから動かしたくないと言う。何処までものぐさで寒がりなのか。 寒いなら逆でしょう?もっと動かした方がいい。そうしたらあったかくなるッスよ。 しゃり、しゃり、雪を踏む独特の音がする。靴の下が音を奏でる時はどうしても足運びが浮かれたものになってしまう。 前を歩くユーリに追いつきながら、アッシュは冬と寒さの良さを説く。手は、繋ぐチャンスを虎視眈々と狙っていた。 ユーリのおざなりの返事が弱弱しい陽射しと共に、雪の上に落ちてゆく。 判りやすい狼の手を、吸血鬼が取ってやるのは、足元がおぼつかないから。 いい天気ではないか。 日だまりまで来てようやく前向きな台詞が紡がれる。アッシュは嬉しくなって耳をパタパタさせた。 外出てきて、良かったっしょう? ああ、気持ちがいいな。もう、すぐに雪は溶けて春になるな。 穏やかな内容の会話は、穏やかな声色と共に進んでゆく。 このまま、あわよくば雪景色と明るい外の舞台で、ユーリは歌い出すんじゃないか。 そうしたら聴いているのは、寒さにも元気な鳥と、自分だけになる。 アッシュがそんな都合の良いことを考えた時、事態は一変した。 どさべちゃっ、 という音と共に、ユーリの頭上から大量の雪が降ってきた。 枝に積もっていたものが溶けて己の重さに耐えられなくなったのだろう。 何にせよ日だまりの雪道では気をつけなくてはならない最重要項目が、実演された。 「ユーリ!!!、どぅわった!!!!」 べちゃ。 雪に埋もれた吸血鬼に駆け寄ったつもりが、転んで顔面から雪の塊に突っ込んだ。 「…ッ……ッぶ…アハハハハハハハハ!!!」 「………何が可笑しいのだ何が。」 「ヒ、ヒャハ、ヒャヒャヒャヒャ!!!だって…だって、ふへへへへ、冷てーアハハハ!!!寒ぃー!!冷てぇッスユーリ!!!」 ドロドロのビショビショもいい所なのだがアッシュは可笑しくてたまらなくてやっちまったー、と笑った。 ユーリも寒さに震える手を見つめながら、確かに笑うしかない状況であるような気がしていた。 「ユーリも冷たいッス!!!」 大雑把に雪を払う大きな手を、避けずにじっとしていたら身体ごと抱き上げられて雪の塊から救出された。 ここまで濡れてしまうといっそ清々しいな、ユーリが言う。そうッスね、アッシュが同意する。 急いで帰りましょう、風邪ひいちまう。ああ。散々でしたねー。…いや、そうでもない…来て良かったよ。 震える唇を寄せてキスをした。紫色の唇が、互いの体温に馴染むまで。 「ん」 雪道でじゃれ合うことの馬鹿馬鹿しさに身を委ねて暫く戯れるように唇を重ねあっていた。 寒さと、冷たさと、そこだけ格別の温かさ。 人目が無いとアスユリはすぐにイチャイチャしだします。 もうすぐ春ですね♪というか表のアスユリ久しぶりに更新した…。 05.03.05 |