ユーリ城キッチンの怪




夜の世界に住む魔物はみんな
昼の光に憧れる
君の光に憧れる

気が狂うほど暗い闇の中で
君のくれるぬくもりが
どれほど愛しいかわかるかい?



         





「〜♪」
 野菜と一緒にリズムまで刻んでいるように聞こえるのは、流石ドラムス担当だからと言ったところだろうか。 心地よいそれを耳にしながらユーリはリビングで目を閉じた。 生活の中に溢れるリズムに作曲を邪魔されるとは思わなかったが、何故だかちっとも腹はたたなかった。 ヤキが回ったか、と吸血鬼は独りごちて立ち上がった。

「アッシュ、献立は何だ?」
 キッチンを覗いた吸血鬼に、家政夫犬は飛び付きそうな勢いで振り返った。
「ユーリ!今日はユーリの好きな和食ッスよー!栗ご飯と秋刀の塩焼、ナスのお新香と肉ジャガとホウレン草のお味噌汁ッス!!」
キッチンにいる時のアッシュは誰がどう見ても幸せそうで。少々家庭的すぎやしないか…?とも思ったが、夕飯が楽しみなのも本当なので、
「そうか。」
と言って微笑むに留まった。腹も減ってきたし、このまま作曲の続きをしようかつまみ食いに走ろうか…。

「ん…?」
そんなユーリが気付いた少しの違和感。

「模様替え、か?」
「あ、よく判ったッスね!模様替えって程でもないけど、少し使いやすくしたんス。」
「ああ…。」
食器棚と、冷蔵庫と、ゴミ箱の位置が微妙に違う。だが違和感の正体は知れたのに、吸血鬼の表情は今ひとつ晴れなかった。
「………?」
「…あ、あのユーリ…すまないッス勝手に動かしちゃって。」
城の主に断りもなく。城主の表情を誤解した狼男は、そう言ってうつむいた。
「馬鹿者…確かにここは私の城だが、キッチンは貴様のものだ。好きに使えと言ったろう?」
犬耳がピクリと動いて顔が赤くなる。
「ありがとッス…。」
照れ隠しなのか、アッシュはまな板に向き直ってまた懸命に作業を再開した。
 うむ、可愛いな。判りやすくていい。 加虐性をそそるとまではいかなくともふと、少し意地悪をしたくる。 もしかしたらキッチンと、料理に夢中なその背中を、少し自分に振り返らせてやりたかっただけなのかも知れない。
「なあ…アッシュ?」
「何スか?」
無防備な背中。料理に夢中でピクピクしている耳に少し噛みついてやろうか。 吸血鬼が、そんな不穏な空気を纏った。その瞬間。

「――!?」

「…え?」
 明らかに敵意と取れる気配を感じてユーリがサッと振り返る。そんなユーリに反応してアッシュも振り返る。勿論キッチンには二人以外、
「誰もいないッスよね…?」
「………。」
油断ない目つきでキッチンを眺めるユーリ。何が起こっているのかいまいち把握出来ずにいるアッシュ。
「スマッスか?」
「いや…違う。」
一体何なのだ?この城に、自分達以外の気配がする。 否、気配という程はっきりとしたものでもなく…。

すこん。

ユーリの後頭部で小気味良い音がした。

「うっ…!?」
「ユーリ!?」
カロン…と音をたててキッチンの床に転がったのは、胡椒の瓶だった。 一瞬前までその瓶はアッシュの後ろ、調味料の棚に鎮座していたはず。ユーリは眉を顰めてアッシュの方を振り返った。
「へっ…?おおおおっ俺じゃね…っ俺じゃないッスよ!?」
「わかっている。」
後頭部をさすりながらも落ち着いた声。
「スマイル…?」
小さく呟いた。直後に自分で否定する。
「ではないな…フム。」
奴の気配は嫌という程知っている。
「あ、あのユーリこれってもしかして…」
「ポルターガイスト現象だな。」
「ぎゃああオバケっすか!?」

すっこーん。

「いっ…!!」

「わあっユーリ!?大丈夫ッスか!?」

今度は棚に入っていた空のタッパーが飛んできて、ユーリの脳天を直撃した。
「な…一体何だ!!言いたい事があるなら姿を現せ!!」
二度も、しかも頭を攻撃されてタダでさえ短い堪忍袋の尾がもつはずもなく、ユーリは怒鳴った。 キレたユーリは単純に恐い。流石魔物の頂点に君臨する吸血鬼様である。
「ユ、ユーリ…、うし、ろ…。」
だからと言ってアッシュが青い顔で怯えたのは、ユーリに対してではなく。
「………!」

浮いた。
キッチンの家具、料理道具、ゴミ箱の中のゴミに到るまで。
曰くこの瞬間に床掃除をしたらいつもは磨けない隅っこまで掃除できそうな。

全ての物が浮いていたのだ。

 空中で静止したそれらの気配は、全てユーリに向かっているようだった。
「………。」
アッシュもそれに気付いたのか、ユーリを背中にかばうべく体をずらした。緊張にこわばる狼男がゴクリと喉を鳴らして唾を飲み込んだ時。

「ちょっと何〜この僕を除け者にして、」

カッ!!ゴトコドガシャシャンカチャーン!!
「楽しそうな事しちゃってんじゃな〜…い…?」
キッチンに第三者、スマイルが顔を出した途端、浮いていた物達が一瞬で元あった場所へ戻る。
「スマぁ!!」
アッシュの情けない涙声と、
「…何事?」
スマイルの乾いた笑い声だけが響いた。



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