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「ポルターガイストってさぁ、半分は生きてる人の仕業なんだよねぇ…。 知ってたかい?ストレスとか溜まってる若者が無意識にやっちゃうんだってサ☆」 じるるる…。行儀悪くソファに腰掛けたスマイルが、これまた行儀悪く音をたててストローでジュースを吸い上げる。 彼らが飲んでいる特性フルーツジュースは、先刻嫌がるアッシュにキッチンまで取りに行かせたもの。 臆病な家政婦犬がそれを氷と一緒にグラスに注ぎ、ストローを差し、 脱兎いや、脱犬の勢いでキッチンを出るまではこれと言って何事も起こらなかった。 「いや、それはないな。あれらには確固とした意志または気配があった。」 同じようにストローの先をを牙でギザギザに噛み裂いているユーリが答えた。更に続いて優雅にも思えるため息をひとつ。 「…というかもう結論は出ているのだがな。」 透明人間の向かいに腰掛けた吸血鬼様は、ぞんざいに言い放つ。 お盆を持ったまま自分も座るべきかどうかでウロウロしていたアッシュが、ピョコンと顔を輝かせた。 「本当ッスか!?」 「むぅ…。」 「??ユーリ?」 意味不明な音を出したユーリはいつもの2倍は深く、その眉間に皺を刻む。 「その為にお前にこれを取りに行かせたのだ。」 「へ?ジュースが関係あったんスか?」 「…答えは出た。だが…これが正解なら非常に不愉快だな。」 「あ〜!わかった、カモカモ…ヒッヒッ…。」 「スマまで…?もー何なんスかー。」 ズルルル…裂けたストローでユーリも音をたててジュースを飲み干した。 行儀悪いッスよ…。 「…来い。」 先に席を立った二人に、駄犬の呟きは聞こえたかどうか。 「うー…ん、やっぱ気味悪いッスね…あんなことがあった後だと。」 キッチンに立ってアッシュが言う。 「おい。貴様が怯えてどうするのだ。この部屋の主は貴様だと言ったろう?大体貴様は一端の魔物の癖に、不甲斐さすぎるのだ。」 うぅ…と唸ったものの、アッシュは顔を上げた。 「そう…ッスよね。キッチンで起こってることは俺が解決しねえと!」 それを聞いた吸血鬼がにやりと笑ったのを、アッシュは気付いただろうか。 「で、一体どうすりゃいいんスか?」 「ふ…そうこなくてはな。では、遠慮なくいかせてもらおう。」 「へ?…ってユーリ、」 ぐいっ。 ユーリがアッシュの濃い緑の髪を引っ張った。 そのまま、ことさらゆっくりとした動作でキスを仕掛ける。 「な…―――っ!?」 まるで、誰かに見せつけるように。 ゆっくり、ゆっくり、キスをした。 隣で見ていたスマイルが、掌で顔を覆ってご丁寧に指の隙間から覗き見しながらきゃーと呟く。 「…ユっ…ちょっと!何っ…むがっ…」 アッシュの抵抗の言葉も、くぐもった悲鳴も、ユーリの唇に呑み込まれて。 「ん……」 翻弄されて、涙目になって。 そして。 ヒュン…バシィッ!! 「ユーリ!?」 「…ち、避けるつもりだったのだがな。」 サランラップの箱が飛んでユーリの背中を直撃した。羽が痛んだのか、ユーリは少し顔をしかめた。 「ヒッヒッヒッ…予想通りダネ☆じゃあ僕も〜。アッシュク〜ンvV」 「ぎゃー!!」 スマイルがハートを飛ばしながらアッシュに飛び付き、頬をグリグリすり寄せる。 スコーン!ちゃりーん! 「スプーン飛んできたー♪」 フォークもスマイルを追撃した。その間もアッシュは二人によって床に引きずり倒され、まさにされるがままといった体で。 二人の行動に戸惑いつつ、彼らの後ろに見えた異常に声を引きつらせた。 「ぎゃー!!?二人共、はな、放すッス!!放すッスー!!う、後ろっ!!」 ざわり。 気配に音を与えたなら、こんな音だったろう。 そんな物騒な気配をたたえたまま、キッチンの物達は浮いていた。ありとあらゆる物が、今にも襲って来そうだった。 「さっきとおんなじッス…!!」 「いや、違うな。」 「え…?」 「さっきより…怒っているようだ。」 「んな冷静になってる場合ですかっ!!逃げねぇと!!」 ぎゅう…っ!! 「ぐえ。」 スマイルがアッシュの首に抱きついた。 ビュン!! 途端、凄い速さで飛んできたナイフを避けるスマイル。ナイフはそのままアッシュの鼻先へ。 「わっ…!!」 アッシュは思わず目を瞑る。 「逃げちゃ駄目なんだよナ〜♪…まだわかんないの?アッシュ君。」 ナイフはアッシュに…当たらず、空中で停止した。 「………?」 ポトリ。力を失ったナイフがアッシュの膝に落ちる。 「え…。」 恐る恐る目をあけたアッシュは、訳が分からず口をぽかんとあけたままに。 「…ほらネ?」 「これってどういう…、」 飛び交う食器やら調理道具の中で、駄犬は視線を彷徨わせた。 「まだわからんのか鈍犬め。」 「んなこと言われても…!!」 ユーリにも同じことを言われ、流石のアッシュもちょっとムカついたらしい。 しかしユーリが避けたおたまが自分をスルーして、というかわざわざ避ける軌道を描いて後ろの壁に当たったのを見て、 ようやく気がつくことがあった。 「あれ…もしかして…二人にしか当たってない?てか、俺が攻撃されてないんスか?」 スマイルがアッシュの首元でクスクス笑った。 「そうだよ〜☆わかってきたデショ?」 「………二人共、キッチンに嫌われてるような事でもしたんスか?」 コツン。 「って!」 飛んで来たのはティースプーン。アッシュの鼻に軽く当たって空中に戻る。これは攻撃、というより…ささやかな抗議。 「違う。我々が嫌われているのは確かだが、むしろ…、」 駄犬が顔を上げると正面にユーリの顔。後ろにキッチンの物達が浮いていた。 「この者達は貴様のことが好きなのだよ、アッシュ。」 がばり。 アッシュが立ち上がる。拍子に巻き付いていたスマイルは転がったようだ。 「よく…わかんねッスけど…!!それは駄目ッス!!皆、俺のこと、その、想ってくれてんならなおさら…!!」 言ってしまってからキッチンの主は、自信なさげな視線を城の主に送る。 「なんつーか…その、そういう事なんスよね…?」 ユーリは黙って頷き先を促した。アッシュはどこを向いて話せばいいのか判らないので、キッチンの真ん中あたりの中空を見上げた。 「皆、気持ちはありがたいけど、この二人は俺の仲間で、とっても大事なんス!!だから例えちょっとムカっときても我慢してくれッス。 確かに、スマイルは我が侭で所構わず飛び付いてきて腰とかかなりダメージくるし悪戯大好きだしカレーじゃないとすぐ拗ねるし!! ユーリはこれまでかって程人使い荒くて傲慢でスマイル以上の我が侭者だし欲情したら俺の都合なんてお構い無しに襲ってくるし 怪力だけど可愛くてキス巧くて…何言ってんだ俺は…いやとにかくすんごく面倒くさい人だけどっ!! 口出ししたくなる気持ちはすんげぇ解るけど!!そういうのは、全部ひっくるめて俺の問題で!!俺がケジメつけんだ!! だから…よければ…、黙って見守ってて欲しいッスよ。」 一息に言ってしまって息が切れて、ふと正面に見えている怪奇現象の物体達からではなく、後ろの二人の気配から身の危険を感じた。 「……ユーリ落ち着いてネ?ここでキレたら僕らフクロだよ。」 「あああああこれはその、あわわっものの弾みっていうか…スンマセン言い過ぎました!!」 「……別に謝らずとも良いのだぞ?本心なのだろう?」 「ごめんッス、ユーリぃ〜…!」 すこん。 「え…。」 間抜けな音ひとつ残して、振り返った時にはキッチンは元の姿になっていた。 ユーリの頭にタンコブを作った胡椒の瓶だけが、静かに床を転がっていく。スマイルがそれを拾った。 「ヒッヒッヒッ…どうやらアッシュ君の言った事、通じたみたいダヨ?」 内容はともかくネ、と付け加えてスマイルは胡椒の瓶をそっと棚に戻した。ユーリもうむ、と頷いた。 <<BACK NEXT>> |