名前を呼んで
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気付くと耳に慣れていた。

自分を呼ぶあいつの声。






「おはようッス!ユーリ!」

「ユーリ、飯できたッスよー!!」

「ユーリ、今日は寒いから上着着着て出掛けて下さいね。」

「ユーリ!!おかえりッスー!!」

「ユーリ…何してるんスか?」

「ただいまユーリ!!」

「ユーリ!!いい加減にしないと怒るッスよ!?」

「ユーリ!ユーリってばー!夕飯何がいいッスかー?」

「おやすみッスーユーリー…。」














いつでも。

私の名前を呼ぶお前がそこにいて。場所も時間もおかまいなしで。
それは例え夜を共にしている間でも、いやむしろ最中、奴は阿保のように名前を連呼する。

まるでそれしか言葉を知らない鳥のように。

一度、何故そんなに呼ぶのか、寝物語代わりに尋ねたことがあった。







「…え?そんなに呼んでるッスか?俺。」

自覚がないのかこの馬鹿。

「はぁ…そッスね…確かによく呼ぶかも…。いいじゃないスか、名前呼ぶの。好きな人の名前なら呼びたいと思うでしょ。ユーリが嫌ならなるべく呼ばないようにするけど…。」

聞くんじゃなかったと少し後悔した。大概この犬は恥ずかしいことしか言わないのだ。

「別に嫌だとは言っていない。好きにしろ。」



「ユーリ。」



「…何だ。」

犬は破顔して笑う。
何故そこで照れる。

「ヘヘヘ…名前呼ぶと更に貴方が愛しくなるんス。」

少しどころかかなりの後悔。
しかし話の途中でやめてしまうのはシャクに触るので。恥ずかしさを通り越した馬鹿らしさを我慢し、先を促す。

何故名前なのだ。

「名前ってユーリの存在そのものっしょ?だから呼べば呼ぶ程ユーリの存在を感じるんス。それで…えっと、だから呼びたくなるッスよ。」

私の存在?そんなものここにいる私自身に触れるなりすれば確認できよう。

「…んなこと言って触らせてくれない癖に。やけにつっかかるッスね?あんま難しいこと言わせないでくれません?」
そう言って髪をかきむしる。

犬の単純な頭は自分の行動ひとつ理解できんのか。
私が諦めて黙ると、馬鹿犬は悔しそうにしかめっ面で宙を睨む。

「…なんつーか」
「もういい。これ以上聞くとまたとんでもなく恥ずかしい愛の言葉なぞ聞かされそうだからな。」
自分だって女の人相手に歯の浮く様な単語平気で並べる癖に。犬が呟く。

貴様のは本気だろうが馬鹿者。










「ユーリ…。」

さっきは好きにしろと言ったが前言撤回だ。用もないのに呼ぶな。

「…だってこれ以上にぴったりくる言い方なんてないッスよ。他にこの気持ちの表し方なんて知らない。」
自分でも恥ずかしいことを言っているという自覚はあるらしい。うつむきながら犬は言う。

要するにボキャブラリーが貧困なのではないか?貴様。

そう馬鹿にするとムキになって、貧困なボキャブラリーが語ったのは次の様なこと。







…ユーリ。

貴方の存在がとても愛しい、と。
すぐ近くに感じられる様に。名前を呼ぶ。
だから会えなくて寂しい時は呼んで。声に出して。
そこから愛しさが溢れてそばにいる様な気がするよきっと。
ね、今度試してみてよ。


















…まったく馬鹿なことを。



生憎私は貴様に会えなくて寂しいなどいう女々しい感情を持ったりはしないよ。

そう言って欠伸をして、背を向けて毛布を被り眠った。
この話はそれで終わりになったが、
その夜は朝まで奴に、しがみつく様に抱きしめられていたから肩が凝った。








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