側にいて

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ズ…ッドォン!!


それはひとつの衝撃音から始まった。
音と同時にやって来たのは何者をも倒さんとする大きな揺れで。

何が何やらさっぱり判らず、ユーリはスタンドに指したままのマイクに頭をぶつけるわ、アッシュはドラムと一瞬に転がるわ…。その衝撃シーンを目撃するはずのファン達は、訳も判らず悲鳴を上げる。

耳をつんざく様な大音量。
叫び、泣き声、割れる音、破裂音、破壊音。

ステージのほぼ中央が隆起し亀裂が走った。

パニックに次ぐパニック。
実際正気を保てていた者はいなかったろう。

チケットが3分で売り切れるというDeuilのライブ。
しかも久しぶりのドームツアー。会場の興奮がまさに絶頂に達していたその時に。

地の神の怒りそのものの様な、大地震が起こったのだから。

激しい揺れに客席は浮き上がり、ステージ上の物は残さずなぎ倒れた。











「ユーリ…!!」
揺れは、アッシュがドラムセットの下から這い出た頃にようやく小さくなり、彼は余波の中、リーダーの無事を目で確かめた。

そして。
一瞬の後、大パニックが引き起こる。

逃げ惑う観客の悲鳴、悲鳴、悲鳴。
戸惑う頭が真っ白になるのは、目眩にも似ていて。

とりあえずアッシュはとっさの本能に従いステージの中央に、何よりも大切な仲間達に近づいた。
「ふ、2人とも怪我は」
みなまで言わせてもらえずに、アッシュの唇にスマイルの人指し指があてられた。
「し〜っ!!アッシュ君、ユーリ オン ステージだよ♪」
「は?」
スマイルのいたずらっぽい目配せに、ユーリを見てみれば。




白い喉を反らして
赤い唇に詞をのせて

何時如何なる時も汚れないあの声で


歌を。


それはまるで
甘い麻薬のようにしみわたる。

人々を呑み込んで離さない。






「……っ!」

途端、静かになった観客を見渡しユーリは満足気に笑う。
アッシュはそれを見て息を呑んだ。

この人は…。

彼が歌うと空気の色まで変わっていく。
まるで世界が彼の歌を聴いているようだった。
それを知ってて楽しんでるのか?だとしたらなんて傲慢な…。

しかし結局それに惹かれるしかない狼男は、悔しくなって吸血鬼の横に並んだ。
せめて、置いていかれることのないように。
アッシュは、ユーリの手に握られたマイクに向かう。




「みんな、大丈夫ッスよー。落ち着くッス!!」
声が、震えないよう注意した。

アッシュに目で付いて来るよう促してから、ユーリが優雅に歩いて行く。ギリギリまでファンに近づけるステージの端に、大胆にも腰掛けた。
そこは今にも崩れそうで、随分と不安定な。
危ないなぁ…。と思いつつ、隣に腰掛けた。だって側にいない訳にはいかないだろう?

「すまない皆、我々のライブがあまりにも盛り上がったから地球に影響が出たらしい。」
「いやユーリそれは…。」
真顔で何言ってんスかアンタは。

客席からクスクスと、微かに笑い声が聞こえる。群衆は、冷静さを取り戻していた。
「仕方ないので一旦ライブを中断して避難してもらおう。近くのスタッフの指示に従ってくれ。焦らずとも大丈夫だ、我々がついているからな。」
フン、とふんぞり返った吸血鬼に、透明人間が後ろから抱きついてマイクを奪った。亀裂が走った床が鳴る。
アッシュは思わず身体を固くした。

「そぉれではー緊急避難訓練Deuilバージョンをスタートしまーっす!皆が無事に避難できたら僕らも逃げるからねー。逃げるときはおかしのルールをちゃぁんと守りましょー!!100数え終わるまでに全員避難できたら、サイン会でも開こうかユーリvヒッヒッヒッ!」
「フン、そうだな…。ではいくぞ。いーち…」
「にぃーい…」

ユーリと、スマイルの。
2人の目に見つめられて鼻先にマイクをつきつけられた。
アッシュが数を数える番だということか。

ここで逃げる訳にはいくまい。もとより逃げる気など最初からないが。

カタカタと、世界は未だ小さく揺れていたけれど。





「さーん!!」
アッシュが声を張り上げた時、無表情だったユーリが、微笑んだように見えた。

「よーん…」
「ごぉーお♪」
「ろーく!」
幸い、観客の中に怪我人はいないようだ。
時折、ステージを振り返って心配そうな視線を寄越す娘がいたりした。
静かに、しかし確実に人の波が外へ逃げて行く。

3人で、崩れそうなステージの端に腰掛けて、避難する人波を見ながら数を数えた。

自分達が逃げ遅れたりしたら、あの娘達はきっと泣いてくれるんだろうな。
アッシュはそんな事をぼんやり考えていた。

カタカタ、カタカタ。
小さな揺れはまだ続いている。
むきでたコンクリに折れた鉄骨。
頭上から時折、木屑や剥げた塗装等が降って来る。




ふいに背中に手が触れた。

ユーリの、震える手が。
アッシュのジャケットの裾を掴んでいた。


「ユーリ…?」

「よんじゅうさん…」

「よんじゅしー♪」
「よ、よんじゅーごー!」
「よんじゅうろく…」

無表情の吸血鬼は、決してこちらを振り向かない。

でも。


ここにいろ。

震える手がそう言っているように思えたから。
ユーリにすり寄って背中に腕をまわした。ファンの娘達には見えないように。

「よんじゅうきゅう…重いぞ馬鹿犬」
「ごじゅーいーち!…だって恐いんスもん。」
数える合間に小声で話す。スマイルまで入ってきて、
「ごじゅさん♪…あ、いいなー僕も恐いよー!」
ユーリに抱きつく。

「貴様ら…ごじゅうご…」
「ごじゅろっく」
「ごじゅーしち!」




何だか、こうやってくっついていれば怖くない気がするなんて。馬鹿みたいだなぁ。

アッシュは笑って数を数えた。

ユーリの隣で。





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