「ユーリさん、もういいですから!!早く避難を!!」

スタッフの声に、客が全員避難したのを確認して立ち上がった。





「はっちじゅうきゅー♪…サイン会決定だネ☆」
「そうだな…。」
「急ぐッスよ2人共!!」

パラパラ…。
埃と共に小さな木片が肩に降った。

アッシュの本能が、一刻も早くここを離れるべきだと伝えている。
緊張で耳が震える。

アッシュは2人の背中を押した。3人は床に負担をかけないように、静かに駆けた。



はずだった。





「あー待って!!」

するり。
スマイルがいつもの調子でアッシュの視界から抜け、出口とは違う方向へ駆けていく。
ひょこひょこ。
歩き方までいつもと同じで、緊張感など欠片も感じられない。

「スマ、そっちは…!!」



バキバキバキィッ!!!



言い終わる前に床が裂けた。
スマイルの足元の床が無残にも大きな口を開け、彼を呑み込もうとする。

「わ…っ!!」




頭より先に体が動いた。
たとえ頭が働いたとしても、とった行動は大して変わらなかったろうが。

「スマッ!!!」

割れた床に落ちる寸前ギリギリで、スマイルの後ろから襟を捕まえて、思いっきり引っ張る。
ぐえ、という間抜けな声が聞こえたが、自分まで滑り落ちそうになったアッシュは、そのままスマイルを抱きしめて倒れ込んだ。

床板が奈落に叩き付けられた音がする。

それはかなりの衝撃音で、もしスマイルが落ちていたらなんて考えるのも恐い。


衝撃音の余韻と、自分の心臓の音と。






一瞬の静寂。





「―――…。」

「…スーマーイールー!!」
「あ…はははーびっくりしたぁ…ありがとアッシュ君。」
「寿命が縮んだッス…。」
「ヒッヒッヒッ…。」

これ以上床の亀裂を広げないように注意しつつ、スマイルを助け起こした。

「もー何やってるッスか!!一体何を、」
するつもりだったんスかと、言おうとした言葉は再び起こった揺れに呑み込まれて。



メリ…バキバキッ…。



「アッス君!!?」

ぐらり。

「へ?」



遠くでスタッフの悲鳴が聞こえた。

スマイルの顔を見て、自分のいる所が崩れていると知る。

アッシュは慌てて掴まる物を探したが、時既に遅し。
支えを無くした体は重力に従って自由落下していくのみ。



「うっわ…わ゛あああ!!!」


奈落に向かって。








―――落ちる。







































…ふわり。









「…ん?」

「まったく…世話が焼ける…」

来るべき衝撃に備えて瞑った目を、開いてみれば視界の隅に赤い色。



ぱたぱた。

「ユーリ!!」
「ユーリV」

ふわふわ。

気付けばスマイルと一緒にユーリに掴まれたまま、宙に浮いていた。
ユーリの冷ややかな視線が痛い。

「馬鹿だろう、貴様」
「うう…。」



右腕にアッシュ、左腕にスマイル。肩には…

「あれ?ユーリそれ…」
「スマイル、これだろう?貴様が取りに行こうとした物は。飛びにくいから自分で持て。」
「わぁいありがとユーリvさっすが僕の事は何でもお見通しだね♪」
「フン…貴様の大切にしているものと言ったら、これかギャンブラーZグッズ位だろう。」
スマイルはそれを、空中でバランスを崩さぬよう器用に受け取った。

「僕のギターvV(の裏に貼ったギャンブラーZの限定シールv…ってことは言わない方が良さそうだネ☆)」



ふわふわ。ふわり。

出口付近までそのまま飛んで、軽い足取りで降り立つ。

スタッフの誘導に従い外へと急ぐ。
廊下の惨状を見て、緊急事態にギターを抱えたままのスマイルがはしゃぐ。
「スマー…走ると危ないッスよーもー…お祭りじゃないんスから。」
無駄と知りつつ口は勝手に注意する。スマイルの返事ときたら、
「危なくても君が助けてくれるから平気ダヨ☆」
いけしゃあしゃあ。しかもあっかんべー付きだった。

あまりの言われ方に(まあきっとその通りなのだが)アッシュが怒鳴りかけた時、後ろからフッ、と笑い声が聞こえて。

振り返るとユーリが何故か上機嫌で笑っていた。

「クク、スマンなつい…」
「ユーリまで…危機感無さすぎッスよー。」
「まあ良いではないか、こうして皆無事に避難できたのだから。大した怪我人が出た訳でもないだろう?」
そう言ってアッシュの顔を覗き込む。

急に、真紅の瞳に見つめられて、ひるむ。
耳と鼻が勝手にピクリとした。

「あ…まあ一応…これならカスリ傷程度ッスね…。」
血の匂いがしないッスから、と告げた。
ユーリはなおもアッシュを見つめている。

「…なんスか?」
すいっと優雅に伸びた手が頬に触れた。途端にピリリと痛みが走る。唇の端が切れていた。

「血がついているぞ?」
「あ…?え…っと、」

こんな小さな痛み全然気にならなかった。

「たぶんドラムの下敷きになった時に…。」

真紅の瞳がまだ自分を見つめている。

「…平気ッスよ?」

アッシュは安心させるように微笑んだ。
そのまま先に行こうとしたら後ろ髪を思いっきり引っ張られて、文句を言おうとした口は塞がれて。


「!!?!」





「…な…っ何してんスかユーリ!!!」





ぺろり。

「…美味しい。」
「は…!?」



至近距離でニヤリと笑った吸血鬼は、そのまま傷を舐めて言う。



「覚えておけアッシュ。吸血鬼の前で怪我すると、こういう目に合うのだぞ?だからあまり私の前では怪我するな。…わかったな?」

囁く顔は、まるでいたずら小僧のようで。
さっきのステージ上での頼りなさは何だったのか。

久しぶりの至近距離攻撃に、今までフル回転していた頭はこれ以上耐えられないとばかりにクラクラして。

「…血、吸わないんじゃなかったんスか。」
そう言い返すのが精一杯だった。ユーリは平然と答える。
「ただで血を流しているなんて勿体ないだろう?有効利用してやったのだ。」
いけしやあしゃあ。

もう、こいつらに普通の神経を求めちゃいけない。

アッシュがそういう結論に至ったのは、その後2人の様子を見たスマイルが自分の傷も舐めてよと、腕を差し出した時だったとか。







今日も今日とて並の神経を持ち合わせた狼男の青年は、並以上の神経の持ち主達について行くのに必至だ。

取り敢えず今は、城にいる時に今日のような地震が起きたらどう対応するか。
どうやってスマイルを助け出し、ユーリを外へ連れ出し、ついでに食料も確保して、自分は絶対傷つかないようにするか。万が一怪我したら、どうやってユーリの魔の手から逃れるか、というその方法を考えておくのに必至らしい。

彼の受難は続く。













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相棒間宮睦月さんのサイト「カミソリtea room」様の365のお題に「そばにいて」というものがありまして。
アスユリを書いては間宮ちゃんに見せていた時期、ちょうど9月1日が近くて。
どういった経緯か忘れてしまったのですが、とにかく、
彼女のお題の頁に、豪華挿絵付きで載せて頂きました。

何とも凄いラッキーな…っ!!!というか寄生精神のたまものです!!!
マミヤちゃん本当にありがとう!!




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