プレゼントなんか要らないから、アンタの時間を俺に頂戴。 格好つけて切った見栄では決してなかったけど、あんなこと言わなきゃ良かったと一握りの後悔。 今年のクリスマスイブは、人並みにデートでもしようかという話になって。 流石に仕事は休めないけれど、レストランは気が引けるからお洒落な呑み屋のテーブルでもリザーブしておいて、 奮発したワインの一本でも二人で開ければそれなりにそれらしくなるんじゃないの、そんな電波に乗せた受話器ごしの会話だった。 「ちょっと待て、てことはドレスコードは、」 そんなこと気にするのはあんたくらいだよ日本庶民のクリスマスを何だと思ってるのさ、と笑いながら電話の前の声を繕った。 「ノーネクタイノーフォーマルカジュアルオンリーで結構でございます。つなぎじゃなけりゃいいよ、俺も仕事直だし多分。」 「いつもと変わらねぇじゃねーか。」 「大分リッチだよ、今度ばかりは財布忘れたフリしてたかったりしない、誓う。」 バーカ当たり前だって、笑って早く会いたいねって電話越しにキスをして、 耳に残った楽しみにしてるって声だけを励みに眠ったあの夜は確かに幸せそのものだった。 今思えばあの瞬間が俺のクリスマスの、幸せのピークだったんじゃなかろうか。 乙女心としてはシャワーくらい浴びてから行きたかったのだけど、それすら無理そうなので、 仕事場から直接行ける可能な限りお洒落なコーディネートを前夜に用意して迎えた土曜日、一体何がマズかったのか。 クリスマスイブの美容院なんて日中はそれこそいつもの5割増しくらいに目が回る程忙しいけど、 綺麗に飾った髪を見せたい相手との約束が、夜にはあるはずだろうお客様。 去年は大抵がそういった手合いだったので、 今年も追っかけの女の子達のお誘いをどう断るかということにさえ気を配っていればいいと思っていたし、実際そうだったのに。 本日ラストのお客さんが、これまたいじらしい程気合いの入ったお洒落をしていて、 凄く綺麗だね今夜はデート、なんてお決まりの台詞を吐きながら、 服や顔にカットした髪ができる限りつかないようにいつも以上に気をつけていたんだ。 ああ恋する女の子って可愛いなぁ俺ももう少しだ頑張ろう待ってろよ、なんて本当に珍しく仕事中にKKのことを思い出したりして。 よもやまさかそのお客さんのデートの相手が俺自身だったなんて! あなたの為にお洒落して来たんですとかクリスマスイブ当日にいきなり言われても、ねぇ? え、恋人がいてもいいってそりゃ君はいいだろうけどさ、ごめんねどんなに君が可愛くても今夜俺が一緒にいたいのは君じゃないんだ。 なぬ、マコトさんの恋人がどんな人か見てみたい?そしたら諦められるってそれどんな理屈よ。 あああ泣かないで頼む、困る。 閉店を理由に何とか追い出したはいいが、その子は店の前に立ちつくしてなかなか帰ってくれなかった。 まさか本当について来る気かと気にしながら片付け、掃除、帰り支度を、乱された心とは裏腹に淡々と済ます。 回数なんて数えちゃいないけどどうにもこの手の告白は、麻痺させるどころか年々俺の心を蝕んでいるようだ。 大体クリスマスイブに、店内で、仕事中に、なんて反則だ。 外は冷たそうな夜風が吹いていて、女の子の薄ピンク色のコートを何度も何度もからかうように翻らせていた。 あんなところに突っ立ってたらさぞや寒いだろう。それは今夜、外で人待ちしている誰も彼も、まぁ、つまりKKも、そうなんだろう。 きっと今頃マフラーに埋めた口で寒ぃ寒ぃともごもご言いながら、ポケットに手を突っ込んで、 帽子は被ってるだろうか、はみ出した耳をそれに入れて、鼻の頭とほっぺたを赤く染めて、駅前の電飾ツリーでも見上げてるかな。 女の子の吐いた白い息が夜空にすぐ消えた。俺は複雑な気持ちで彼女から目を背けた。 「「ごめん遅れそうなヨ・カ・ン」…っと。ハァ…。」 予感も何も既に店内の時計は約束の時間を指していて、丁度見た時に長い針がコチリと動いたところだったのだけれど。 ああ、遅刻だ。しょんぼりしながらとりあえず打ったメールを送信した。 やっぱりちゃんと断ろう、ごめんね申し訳ないんだけど俺は君の気持ちには応えられないから、諦めてくれと。 さっきも似たようなことを言ったけれど店内で両親はいたし彼女は泣いてたし、もう一度冷静に告げて、 風邪をひかれても困るから早く帰してあげた方がいいだろう。 家族でもお友達でも、今夜はきっと暖かく迎えてくれる誰かしらが必ずいるはずだし、 カラオケでもパーティーでも、まあ彼女は未成年だけど酒を飲んで羽目を外すのでもいい。 すぐに俺のことなんて忘れられるだろう。 そしたら俺もすっきりした気持ちでKKの元へ行ける。所要時間は移動も含めて十五分てとこだろうか。 「さてと。」 そんな決意を胸にコートを着て、店内からブラインドを閉めようと窓に近寄った時、俺は信じがたい光景を見た。 同時に背後からパルの足音と、慌てたような声が聞こえる。 「お兄さん大変ウパ!裏口にも女の子達がいるウパ〜!」 彼女は、友達を呼んで下さりやがったらしい。 …待て。群れるな女の子。というか追っかけの子達まで一緒にいるのは何でだ。 そしてその手に持っている大量のプレゼントらしき物は。 思わずブラインドを下ろした店内でしゃがみこむ。 神様アンタ今日誕生日なんだろ? 世界中でアンタのこと祝ってるってのに、何が不満で平穏に過ごしたいだけのにこんなにも可愛い願いを、聞き届けてくれないんですか。 「ああ〜……。」 徐々に騒がしくなる女の子達の声を聞きながら、しゃがんだままの俺は意味不明の呻き声を出した。 父さん母さん、ゴメン今日うちの店は大切なお客様を一人失う上に、 看板息子は可愛い女の子の勇気を出した告白から走って逃げる卑怯者という噂を流されるかもしれないし、 ついでに毎度の事ながらご近所に迷惑をかけるかもしれませんが、 それは先に彼女達が反則技を繰り出してきたせいなので、あんまり責めないでくれると嬉しい。 NEXT> ****************** 告白…され慣れてる人の気持ちがよく判りませんが…。 一定量を越えると慣れるどころか、むしろどんどん負荷が増すのではなかろうか、と。 そして続きます…間に合うのかクリスマス。 05.12.23 Textに戻る Topに戻る |