「スマイル。」
「…おかえりィ。」





 深紫色の夜空に白い雲を背負って、欠けた満月が綺麗に光っていた。
 大き目の荷物を持った城主は門の上あたりに向かって呼び掛けた。誰もいない。しかし、迎えの言葉は降ってきた。

 「…最近高いな。」
「ン?透明度のこと?」
ざっ…と、見えない靴が門から飛び降りて、地面に擦れる音がする。 石コロが、見えない足に当たって転がった。

 「何かあるのか。あまりやり過ぎると姿の現し方を忘れてしまうぞ?」
ユーリは気にせず歩を進め、おどけた足音だけついてきた。荷物が重い。
「ああー…それもいいネェ。君にしか見えないものがあるって。」
「不便だ。せっかく私が万人に見えるようにしてやったというに。」
「そんな昔のこと忘れちゃったよぅ。」
主の見えない足音は、レンガ造りの花壇の縁へ登った。
「忘れるのはどうでもいいことから、だろ?どうした、化粧も包帯も流石に面倒になったか。」
「んーん、どっちかと言えば好きだけど。」
確かにメンドイかもね。声は呟く。




 「ね、お迎えが犬クンじゃないのどしてだと思う?」
…なんだまたそれか。ユーリは胸の内で嘆息する。
「…夕飯の支度。」
「ピンポーン正〜解〜☆記念に何を差し上げましょうか?」

 こいつは本当に可愛い奴だな、ユーリは思う。道化が過ぎるのがたまに傷だ。
「……歌を、ひとつ。」
「かしこまりました〜。えーとね、じゃあ今この瞬間にぴったりな新曲をお届けいたしましょー♪」
「つまり即興なのだろ。早くしないと、玄関ホールまでしか聴いてやらんぞ。」

 スマイルはお得意の変てこな歌を口ずさみ始めた。 変な歌を歌い、適当に聴き流して、庭を抜ける長い石畳を歩いて行く。風の音がうるさい。





 「…私が居ないとそんなにつまらなかったか?お気に入りのペットが居たろう。」
歌が終わって玄関扉の前、二人分の足音が止まった。
「ヒッヒッ…だって僕はユーリが好きなんだもん。いつも言ってるデショ?」
嘘つきめ。いや、半分は本当なのだろうが。
 一週間ぶりの自分の城。足を踏み入れる前に、ユーリは足音に向かって振り返った。

 「…ただいま、スマイル。」
人間が帰宅した時に使うという挨拶。貴様に特別使ってやろう。

 ユーリの微笑みはいつも嘘臭いけど、月が雲に隠れて綺麗に影がついた。 そうしてみると、本物だからヤバイっぽいよネ…。

 「顔赤いぞ。」
「えぇっ?」

ぽかん。

「…やだなユーリったらからかわないでよぅ。」

僕今透明じゃん。

「フ…見えてないと思うのか?」
「ヒッヒッヒッ!!」
声をあげて笑った。久しぶりに笑った。

 何だか凄く照れ臭いネ今更なんだけど。
















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