お前はこの花の名前を知っているだろう? 2 木漏れ日が目に刺さって目を細めた。 すぐに光から逃げるように歩を進めた。 まぶしい、という感覚は好きではない。 光に当たった後の目では、しばらく闇の中が見えなくなる。 闇に住まう魔物としては、由々しき事態なのだ。だが。 「スポットライトは嫌いではないな。」 むしろ、もっともっと光を浴びていたいとさえ思う。 なぜだろうか。可笑しな話だ。 ライブの時の言い知れぬ高揚感を思い出しながら、ユーリは考えた。 闇の中へもぐるように、思考と歩を進めていく。 「まるで蟲のようではないか。」 吸血鬼に言わせれば、光を求めて彷徨うなんてナンセンスだ。 彼は闇にあってこそその魅力を最大限発揮する、魔物の中の魔物。その頂点に君臨する存在だ。 「ああ……客席が暗いから、か?」 答えのない自問自答。ユーリは、心の奥底では答えに気付いている自分を知っている。 だが、認めるのは口惜しかったので、こうして散歩していた。 「ム……。」 不意にざわりと空気が震え、森の化け物が創る木のトンネルが目の前に現れた。 この森を歩いていると、こうして地形の方が誘うように現れることがある。 勝手に道と道が繋がったりもする。だから地図もコンパスも役に立たないらしい。 吸血鬼には元からそのようなものは必要ないのだが、この森を訪れる人間達には問題があるらしい。 まるで城主の性格を現しているかのように気まぐれな森だ、とは以前訪れた人間の友人が思っても口にしなかったことだった。 何にせよ気まぐれに、そのトンネルは出現した。 ユーリは立ち止まった。入口から中を覗いてみる。 じっとりとした風がどこからともなく吹いて来て、トンネルに吸い込まれていく。 叫んでいるかのような表情の幹、奇形の枝に黒々とした葉が生い茂り、トンネルの向こうは果ての知れない闇だった。 その闇を見つめるだけで身の毛がよだつ。 それは、吸血鬼にとっては、香ばしささえ感じる魅力的な闇だった。 「はあ……。」 ユーリは大きくかぶりを振りながら、ため息をついた。 「違う、お前じゃない。」 本来の目的を思い出し、踵を返した。 あの花は、春の光を存分に受けて確かな生気に満ちているのだ。 であれば、吸血鬼が行きたい方向になぞ、生えている訳がない。うっかりしていた。 「あー行きたくない。」 と、思う方向に、とりあえず歩を進めた。 後には黒々とした森の闇が、主の奇行を見守るように佇んでいた。 |