眠りから目を覚まさせる方法は、たったひとつ。



 どこまでも続くと思われる程深い森が、不意に途切れた。顔を上げると光がまぶしい。
 踏み出した足が、柔らかく受け止められたと思ったら、そこは芝生に覆われたゆるい坂になっていた。

「……いつもの広場ではないか。」
城の近くの。ユーリは呟きながら斜め上を振り返る。森の木々の向こうに黒々とした城の塔が見えた。

「……眩しい。」
「ユーリ、あれ!」
「ああ。」
「見ぃ〜つけた☆ダネ!ヒヒッ」

眩しさの原因は、満開の花だった。

 広場の真ん中、低い丘の頂上で。大きな木が満開の花を咲かせていた。
薄桃色の花びらが光を受けて、全体がぼんやり光っているように見える。 ひらり、と風に舞う花びらは小さいのに、何万と咲いた花々がその存在感を支えていた。
 ユーリはやはり、目を細めた。眩しいのは好きでは無いが、美しいものは大好きだ。 今年は一段と、綺麗に咲いているように思えた。

 木の根元まで近付いていくと、幹に緑色の大きな苔が生えているように見えた。

「あーあ、やっぱり寝ちゃってる。」
と思ったら、それは木にもたれて眠っている我らが狼男の頭だった。 透明人間は呆れて、狼男の肩をゆすった。
「おお〜いアッ君!起きてよぅ〜お腹減ったよぅ〜!」
が、狼男の頭に積もった花びらが地面に落ちただけだった。
「どけ、スマイル。」
言ってからユーリは拳を握った。迷うことなく狼男の頭を目がけて振り下ろす。
「起きろ馬鹿犬!」

ごん、という音が静かな広場に響き渡った。
それでも狼男は目を覚まさない。
まぶたも耳もぴくりとも動かず、ただ静かに寝息をたてるだけ。まるで目を覚ます気配が無い。

「はぁ……。このままあの子供と一緒になるというのも、悪くはないがな。」
「……何の話?」
「このまま永久に寝かせてやろうか、という話だ。」
「イヒヒヒヒ、かわいそーだよー。」
「まあ、どちらにせよ喧しいしな。」
「うん?起こしてあげよーよ。僕お腹減ったし。」
スマイルは、狼男の傍らに放置されているポットとバスケットを見つめた。
「そうだな。仕方ない、」

 深く溜息をついてから、ユーリはアッシュの頭に手をおいた。 陽の下で寝ているせいか、緑色の髪は暖かい。それをくしゃ、となでる。 そういえば、先程会った子供の髪は、目の前のものより幾分緑色が濃かった気がする。 アッシュが目を覚ましたら尋ねてみよう。

そしてユーリは名前を呼んだ。愛しい狼男の名を。


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